人材育成コラム

“人財”育成のツボ

2016/02/23  (連載 第81回)

「他人の所為」にしてしまう「自分」とどうやって決別するか

ITスキル研究フォーラム 人財育成コンサルタント / PSマネジメントコンサルティング 代表

安藤 良治

 1月10日の朝日新聞「思い出す本忘れない本」で、ラグビー日本代表五郎丸選手が紹介した図書
「自分の小さな『箱』から脱出する方法」アービンジャー・インスティチュート著(大和書房刊)

 今話題の五郎丸選手が紹介したこともあり、2006年に初版が出された本にも関わらず、再び売れ筋ランキングが上昇、一時はベスト10にも入りました。五郎丸選手の影響力の強さをこんな場面でも感じます。
 五郎丸選手だから、「目が留まった」のは事実ですが、この紹介文が実にいい、本の内容とともに、五郎丸選手の人柄を示す紹介でした。
 大学2年の時にファンから贈ってもらった本との紹介がまずあり、「読んでから物事をポジティブに捉えられるようになりました。」と、一冊の本で考え方を変えられた、というのですから、五郎丸選手にとって、この本のインパクトは大変大きなものだったようです。

 「それまでは、自分が結果を残せていないだけなのに、『最悪だ』『もっといい環境があるはず』と不満を感じることもあったんです。自分しか見えず、周りのせいにしていた。まさに小さな『箱』に入っていたんだなって気づきました。」
 本のタイトルとなっている『箱』とは、五郎丸選手が言う「自分しか見えない」「他人の所為にしてしまう」そんな状態を指しています。
 人は誰でも、何かうまくいかないことがあったとき、言い訳をしてしまいます。他人の所為にするのが、自分を許す一番楽な方法だからでしょう。
 でも、そんな自分を嫌になることが私自身も多くあります。
 どうやって、抜け出すのか?
 この答えが簡単に見つかるようであれば、誰も苦労することはないでしょう。
 本書は、そのことについて読者に語り掛けるように、実にうまく展開しています。
 技術分野以外で技能研修をやっても、ちっとも効果があがらないないんだ。さまざまなテクニックがいくら有益なものであっても、箱の中で使っている限り、役には立たない。それどころか、相手を責める、さらに巧妙な手口になってしまうんだ。
 たいがいの人が、人間関係の問題を、さまざまなテクニックを使って修復しようとするが、こういった問題は、実は、やり方が下手なせいで起こっているわけじゃない。自分への裏切りが、原因なんだ。人間関係が難しいというのは、解決不可能だからではなく、よく見かけるあの手この手の解決法が、解決になっていないからなんだ。
 例えば、コミュニケーションの研修で必ず学習する「アクティブリスニング」この方法を知り、活用できるようになればコミュニケーションが上達するか?と言えば、方法論を学んだだけでは、身につくことはまずありません。
 「やり方」を覚えるだけでは、本当のアクティブリスニングは実践できません。
 アクティブリスニングの開発者で心理学者であるカール・ロジャースは言います。
「人は、自分の経験が尊重され、理解されていると認識すると、相手を信頼する」
 この真理をきちんと理解して、相手の言っている意味全体を理解しようと努めることが「アクティブリスニング」には必要です。
 アクティブリスニングができている状態とは、「本当に相手のことを知ろう」と「相手中心」で物事を考えている状態です。
 本書が伝える「箱」に入っている状態とは、「自分中心」で物事を判断している状態を指すようです。と、すれば「箱」の中にいる限り、アクティブリスニングを実践できないということになります。
 更に、「箱の中にいるときに、しても無駄なこと」として、本書では次の6点を挙げています。
  (1) 相手を変えようとすること
  (2) 相手と全力で張り合うこと
  (3) その状況から離れること
  (4) コミュニケーションを取ろうとすること
  (5) 新しいテクニックを使おうとすること
  (6) 自分の行動を変えようとすること

 6つとも、自分の行動を変えるために大事な事柄のようですが、「箱の中に入っている状態」では、どれも無駄であると本書は言います。
 自分のことを考え続けている限り、箱の外には出られない。箱の中に入っているときは、たとえ自分の行動を変えようとしたところで、結局、考えているのは自分のことでしかない。だから、行動を変えても駄目なんだ。
 「行動を変えても駄目」
 「じゃあ、どうすれば?」
 「箱の中にいるか外にいるかという違いが、行動よりも深いところにある。箱から出る方法も、行動よりも深いところにある。」
 行動よりも深いもの、それは自分のマインドや、考え方、相手への思いやりといったことでしょう。

 本書を読んで、私自身も自分を振り返る良い機会となりました。
 箱の外で行動できているときの自分はポジティブで、その時の思考は自己中心でないことは確かです。その一方で箱の中にいる自分がいることも事実です。物事に対してネガティブに考え、自己中心的な思考をしている自分がいます。
 自分の考え方次第では、箱から脱出できるかもしれないと思わせてくれる図書でした。

 朝日新聞の紹介文で五郎丸選手は言います。
 「置かれた環境で自分の力を100%出し切ったら箱のふたが開くイメージ。箱の外にはもっと広い世界があって、自分にとっての『最悪』なんか大したことない。もっと成長できるし、変わっていける。僕はそう解釈しました。周囲からは、よくそんなプラス思考でいられるなって言われますよ。」
 いよいよ、豪州のスーパーラグビーでプレーする五郎丸選手、箱から出て、日本も飛び出して、世界で活躍する姿を楽しみにしています。

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