人材育成コラム

リレーコラム

2022/06/20 (第147回)

人財開発制度の大切な視点

ITスキル研究フォーラム 理事
日立建機株式会社 人財本部 主席主管

石川 拓夫

 企業の人財開発制度を考える場合、三つの視点があると思う。経営の視点、マネージャーの視点、従業員の視点の三つだ。人財開発制度を健全にかつ効果的に運用するためには、最低限この三つの視点は考慮して、設計すべきだと思う。いずれか一つでもうれしくない取り組みであれば、長続きはせず、期待した効果も得られないものだ。

 例えば、トップダウンで始まる施策を考えてみてほしい。デジタル人財育成施策など、初期にはこの傾向があったと思う。経営の視点が突出しているケースだ。デジタル技術を活用して新しい顧客価値を創出することを、経営が最重要課題に挙げたら、人財開発分野も至急なにかしらの取り組みが必要になる。例えば、出島戦略で組織ができる。そこを担う人を採用したり異動させたり育成したり。この組織を生かすために、基礎研修を全社的に行ったり……。

 しかし、これら経営の視点からの取り組みは、得てして従業員にとっては、自分の利点やキャリアの方向との結び付きが整理できずに、言われるがままに対応するので力が入らない。マネージャーにおいても、従業員の学習を、自分の組織ミッション達成のためにどう結び付けるか整理できずに、従業員の稼働時間を奪われている被害者意識に陥る。人財開発を担当してきた人は、多くの同じような事例を経験していることだろう。

 反対に逆のケースはどうだろうか。例えば従業員のイノベーティブな取り組みに期待し、その源となる多様性を活力に生かすために、従業員のキャリア自律と、そのための自律的な学びを奨励するとともに、その環境整備を進める場合である。経営の視点から見れば、教育投資を厚くするほど、目覚めた従業員が転職していくと嘆く。またマネージャーは、教育にかかわる費用や時間を、組織目標達成のための投資と捉えるかコストと捉えるかに悩み、さらにキャリア自律をめざす従業員との、エンゲージメントのためのマネージメントの時間が増大し、その細かな対応に悲鳴を上げる……。このような現象は、キャリア自律が注目され始めた20年ぐらい前から起こっていると思う。

 以上、事例で説明してきたが、持続可能でかつ効果的な企業の人財開発制度を考える場合、三つの視点から見て、うれしい取り組みでなければならないとご理解いただけただろう。最近では、この三つの視点に、さらにステークホルダーの視点への考慮も必要となってきている。上場企業の人的資本の開示義務化の流れなどへの対応や、ビジネスパートナーを巻き込んだエコシステム化への対応である。

 今回なぜこのテーマを取り上げたかというと、DXをトリガーに、経営方針が大きく転換する企業が多いなかで、企業の人財開発制度の見直しがいたるところで起きているのではないかと思ったからだ。

 個人的に注目しているのは、多様性を積極的に推進し、その活力をイノベーティブな取り組みに生かし、DXを推進したり、生産性を高めたり、SDGsへの取り組みを推進する時代になり、従来の大量生産や年功序列の時代の人財開発制度からの見直しが求められていることだ。大胆に言えば、人財開発制度の本質を、会社全体の最適化の考えから、従業員の個別最適化の考えへ移行させられるかだ。三つの視点で言えば、従業員の視点から見た利点を活性化、最大化し、その成果をほかの二つの視点の成果に結び付ける方向だ。もはや人財開発の取り組みは、エンゲージメント施策の重要な役割を担っている。国内労働力の減少が続くなか、従業員一人ひとりの思いを受け止められる会社かどうかが試されてきている。

 こんななか、人財開発部門から自律的な学びの促進のキーワードだけが強調されれば、なぜ自律的な学びが必要なのかが必ず問われる。例えばジョブ型人事制度でないのになぜと。人財開発の取り組みは、そもそも人事施策全体の方針と深く結び付いているのである。

 企業が個を尊重し、個を伸ばす場を提供してキャリア自律を奨励するから、自律的な学びは進む。掛け声だけでは、コスト削減などという経営の視点の都合だけが気にかかってしまい、従業員は乗ってこない。マネージャーも奨励はしない。こんな矛盾がいろいろなところで起きているのではないだろうか。このコラムでたびたび書いてきたが、人財開発は研修を提供するだけではないミッションをすでに帯びていることを忘れてはならないと思う。人事施策の中核をなす大切な取り組みとして、三つ+αの視点を踏まえて、リーダーシップを発揮しなくてはならないと思う。



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