人材育成コラム

リレーコラム

2022/11/21 (第152回)

政府が「人への投資」に1兆円を投じる方針を示す

ITスキル研究フォーラム 理事
株式会社アイテック 顧問

福嶋 義弘

 10月12日に、働く人の学び直しについて考えるシンポジウム「日経リスキリングサミット」(日本経済新聞社・日経BP主催)をオンライン聴講した。聴講した理由は、リスキリングの理解と動向把握であるが、最も興味を持ったのが岸田総理の挨拶及びクロージング座談会への登壇である。内閣府、厚生労働省、経済産業省などが後援するからであろうが、このようなイベントで総理自らがメッセージを発することは珍しく、経済政策として「人への投資」の本気度が伺えた。

 シンポジウムで岸田首相は、5年間で1兆円を投じる「人への投資」について、勉強、転職活動、転職受け入れの3本の柱を推進することを表明した。この投資は、もともと3年間で4000億円の支援といっていた施策を拡大したものだ。いわゆる施策パッケージで、人材開発支援助成金をはじめとする様々な施策を動員し、それらを合算すると支援の規模が1兆円に近づくというわけである。

 3本の柱をまとめると、転職者や副業する人を受け入れる企業への支援制度の新設、働き手のリスキリング(学び直し)に取り組む企業への助成拡大を行って、世の中が求めるスキルを持つ人材を増やし、企業から別の企業、産業から別の成長産業への労働移動を促す。その結果、景気の上昇と賃上げにつなげることが、国が描いている絵図である。成長企業はITを対象としている。言い換えると、「デジタル人材」を育成し、IT企業や非IT企業へ労働移動を促し、企業イノベーションを起こさせるために、一兆円を投じるとなる。

 さて、リスキリングであるが、2~3年前より注目を浴びているキーワードである。それまでは、学び直しといえばリカレントであった。「日経リスキリングサミット」で講演された株式会社ベネッセコーポレーションの飯田智紀氏によると、リカレントは個人主体の生涯学習、人生を豊かにする学びである。一方のリスキリングは企業主体で経営課題解決のための施策。学習内容は職業で価値創出し続けるための実践的・実用的スキルや知識の習得(特にデジタル関連)と説明があった。どちらも学び直しであるが、このような違いがある。

 国や地方自治体、企業など49の参画団体は、2022年6月に「日本リスキリングコンソーシアム」を発足させた。同コンソーシアムでは、デジタルマーケティングなど200以上のテーマのトレーニングプログラムをWebサイトで提供し、ビジネスや組織にイノベーションをもたらす人材の育成を目指すようである。

 日本経済の課題である、デジタル化の遅れや人材不足の解決策として、「人への投資」の、勉強、転職活動、成長企業への移動、理解はできる。しかし、育成には時間と手間がかかる。それ以外にも、リスキングにより働き手を育成するが、スキルが向上すると、より処遇の良い企業に転職する可能性がある。また、転職の問題は報酬や処遇だけではなさそうだ。日経クロステックの調査では、仕事に不満を持つIT人材の50.0%が「仕事にやりがいを感じない」と答え、48.1%が「会社や上司の行動・姿勢に疑問を感じる」と答えているとの報告もある。世界でも勉強時間が少ないと評価されている日本の働き手を、モチベーションアップできる学び直しができるのであろうか。単なるバラマキにならないためには、課題は山積している。

 理屈はともかく経済政策は実行される。それであるならば、この支援を有効活用しよう。そのためには、企業も政府の投資に対して、「デジタル人材」の育成、採用や処遇の制度見直しが必要である。


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