人材育成コラム

リレーコラム

2022/12/20 (第153回)

所得増につながるリスキリングに向けて

株式会社ディジタルグロースアカデミア 執行役員

神宮司 剛

 師走を迎えお忙しい時期かと思いますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。私はディジタルグロースアカデミアの神宮司と申します。昨今、リスキリングの話題を耳にすることが多くなりました。デジタル人材育成に携わる私も、リスキリングを目的にお客様の支援をする機会が増えています。今回はマネジメントがリスキリングの旗振りを行う重要性について考えてみたいと思います。

「構造的な所得増」を目指すリスキリング

 岸田内閣は「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の重点施策の一つにリスキリング政策を挙げています。職業で価値を創出し続けられる人材を育て、成長企業・産業への労働移転も促し、構造的な所得増を目指すとし、5年間で1兆円を投資する計画です。
 リスキリングというと、近年では特にデジタル化と同時に生まれる職業機会につくためのスキル習得を指すことが増えています。内閣府もデジタル人材育成を強化し、現在 100 万人のところ 2026 年度までに 330 万人に拡大するとしています。

大事なのは「何を学ぶのか」ではなく「どう活かすか」

 デジタル人材育成をご支援している私の会社にも、デジタルを学ばせたいというお客様が相談にこられます。お話を伺い感じるのは、教育が目的化している状況です。
 本来であれば事業戦略(稼ぎ方)の転換があり、そのための人材戦略(求める人材像と活かし方)の見直しがあり、ギャップを埋める人材育成があるべきですが、実態は教育が先行していることが多いと感じます。せっかくリスキリングにより人材が育っても活躍できる場がなければ企業としては無駄な投資になってしまいます。そうならないよう何を学ぶのかの前に、どう活かすかを考える必要があります。

マネジメントが大方針を示す重要性

 グリーン革命やデジタルイノベーションは全ての企業に影響を及ぼすといわれています。特にデジタルイノベーションは新しい稼ぎ方を生み出します。これまでの稼ぎ方が「人が製品・サービスを売る」ことだとすれば、これからの稼ぎ方は「データで顧客価値を売る」ことだといえます。変化の時代において自社の稼ぎ方をどう変革するのか。この大方針があればこそ求められる人材や役割が明確になりリスキリングが可能となります。
 この記事を読まれている方はITサービスに関わる方が多いと思います。少し考えてみていただきたいのですが10年後ITサービス会社はどう稼いでいるでしょうか? 皆様の会社にはどんな大方針がありますか?

 私はITサービス業の人材育成に関わる機会も多いのですが、10年後どう稼いでいるかという問いに「モノ売りからコト売り」や「上流でコンサルティングする」という答えをよく聞きます。そこで「モノ売りとコト売りの違いは何ですか?」「上流でコンサルティングをしてどんな価値を提供したいですか?」と聞くと、深く考えていなかったり、うまく言語化できなかったりします。この状態ではコト売りや上流コンサルができる人材を育成しようにも、何ができる必要があるのか、どう活かすのかが曖昧です。

 私はコト売りとは「顧客に成果を売る」ことで、モノ売りは「成果を得る手段を売る」ことと考えています。仮に稼ぎ方の大方針をコト売りとして、具体的には、「顧客の顧客/エンドユーザーが求めることを満たし、顧客の収益拡大という成果を売ること」だとしましょう。そうすると、単に顧客の要望を聞くだけではなく、顧客の先の顧客/エンドユーザーの立場から課題を発見することや、顧客と一緒にビジネスを共創できる人材の必要性に気付きます。学ぶ側もコンサル ティングやデータ分析のスキルをどう活かせばよいのかが明確になり行動と成果につながりやすくなります。

現場任せでは進まない人材が活躍できる場づくり

 変革の大方針のもと変革を推進する人材が育成できたとして、人材を活かせる場がないことには何も変わりません。この場づくりも現場任せでは難しい面があります。単純に機会を作るだけでなく、予算や評価といった変革に取り組むための制度面の整備も必要になるためです。

 私がITサービス等のB2B企業でDX提案(ビジネス共創)ができる人材育成に関わる際によく目にするのは、制度が実行の妨げになっている状況です。予算を達成することに手一杯で、DX提案に取り組む余力がない。これまで通りソリューション提案で予算が達成できれば評価されるため、わざわざDX提案に取り組む意味がない、といった状況です。

 現行ビジネスをRun the Business、新ビジネスの創出をChange the Businessと呼ぶことがあります。Run the Businessを担う組織に、Change the Businessを求めるのは無理があることは容易に想像できます。Change the Businessのための役割をもった組織とリソース確保(組織体制の整備)、柔軟に用途を変えられる予算確保(予算の仕組み)、挑戦を後押しする評価制度(評価の仕組み)の整備が必要です。これは現場任せでは難しく、トップダウンで進めるべきものといえます。

所得増につながるリスキリングに向けて

 以上、リスキリングにおけるマネジメントの役割を考察してきました。リスキリングが効率化やコスト削減のためのスキル教育となってしまっては「構造的な所得減」になりかねません。5年間1兆円という投資が「構造的な所得増」につながるよう、お客様と一緒に取り組んでいきたいと思いを新たにし本稿のまとめとしたいと思います。最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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