人材育成コラム

リレーコラム

2023/10/20 (第163回)

リスキリングとアップスキリングを実現する三つの視点

ITスキル研究フォーラム 理事 「DX意識と行動調査2023」ワーキンググループ主査
NECマネジメントパートナー ピープルディベロップメント推進室 室長

木本 将徳

 リスキリングに取り組む企業は約4割(パーソルグループ・リスキリング調査レポート)。ご多分に漏れず筆者の所属するNECグループにおいても、1日に1度は「リスキリングが必要だ」「データとデジタル技術を活用できる組織・人材への転換が必要」、といった声が飛び交う。一方で、「リスキリングに成功した事例」を耳にしたことは残念ながら、ない。本稿では、リスキリングとは何かということを確認するとともに、特にデータ・デジタル技術活用に向けて、企業は何に取り組むべきかということを考察したい。

 まずリスキリングの定義を確認したい。Chat-GPTに確認したところ「世界標準、公式な定義は現時点では存在しない」との回答であった。この場では経産省HPに掲載されているレポートより「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」(リクルートワークス研究所 リスキリングとは ―DX時代の人材戦略と世界の潮流―)とする。
 生成AIを中心として急速に進化するデジタル技術、その作り手・担い手だけでなくいわゆる業務部門・ユーザー部門においても、デジタル技術を活用できるスキル、すなわちリスキリングないしアップスキリングが求められている。

 リスキリングとアップスキリングは両方とも従業員のスキル向上に関連する概念ではあるが、それぞれ目的と効用が異なる。
・リスキリング:従業員が新しいスキルや知識を習得することで、変化する労働市場や技術進歩に適応できるよう支援するプロセス。例えば、従業員が自動化やデジタル変革によって影響を受ける職種から新たな職種に移行する際、リスキリングが必要。失業リスクを低減し、新しい就業機会の開拓につながる
・アップスキリング:従業員の既存のスキルや知識を強化または拡大するプロセス。従業員のパフォーマンスを向上させ、より専門的または効率的にする。組織全体のパフォーマンスを高めることにもつながる
 当社の事例に照らしてみると、これまで経理関連のオペレーション業務を担っていた社員がPythonを習得し、効率的効果的なデータクレンジングをできるようになり、BIツールへ経理データをつなぎこむデータエンジニアのジョブを担うようになる、これがリスキリング。一方、さまざま便利になったEXCELの関数や機能を習得し、同じ経理関連のオペレーション業務を行う中で作業効率が上がる、これがアップスキリング。
 今後ますますデジタル技術が進化する中で、おそらくはアップスキリングでは追い付かない市場変化・ジョブの変容が予想されるが、まずは自身にとって新たなスキルを習得することが大事、ということでリスキリングかアップスキリングかというところはこだわりすぎず「新たなスキルの習得」というところに焦点を当てて話を進めたい。

 筆者は人事部に所属し、顧客企業へのさらなる価値提供、そのリターンとしての会社の存続、および社員の継続的な雇用機会の創出を目的として、デジタル技術のリスキリングに取り組んでいる。前述のデータエンジニアやデータアナリスト、あるいは生成AIを使いこなすプロンプトエンジニアなどだ。これらリスキリングを進めるうえで、三つの視点が必要と捉えている。
 まず一つ目の視点は経営視点、先読みと絞り込みだ。「データは新たな石油である」という格言が市場を賑わせたのは2012年。はや10年を経るが、いまだにデータを使いこなしている、データマネジメントできている企業は限られるのではないか。そして生成AIの登場。よくAIにより人の仕事がなくなるなど語られるが、プロンプトエンジニアなど新たな仕事が生まれることも事実である。自社の向き合う市場、顧客の動向を見て、テクノロジーの動向を見て、5年後10年後に自社にどのような人的資本、コアスキルを持つべきか、どこにも正解は示されていないが、とにかく先読みして、一定の絞り込みをする。市場や顧客ニーズと乖離してしまっては間に合わない、リスキリングとはまさに先行投資で、正解はないながらも自社に必要となるコアスキルを定義し、ジョブを定義し、いまからリスキリングをしていく、その視点が企業に求められる。

 二つ目の視点は現場視点、「笛吹けど踊らず」にならないよう、現場・社員が新たなスキルを習得する環境づくりが必要である。特にリスキリングについては、目の前の業務には必要でないスキルかもしれない。会社は生成AI活用だ、とどれだけ声高に言っても、定められた業務プロセス上、品質面や情報セキュリティ面に課題を残す生成AIを活用しきれないとなると、現場・社員は学習もしないし、仮にしたとしても学習すること自体が目的化する。いまのジョブに必要なのか(≒アップスキリング)、将来のジョブに必要なのか(≒リスキリング)、それら習得した知識・スキルを活用する場、現状の業務プロセス・ルールを変えてよいという権限委譲、そういった目的・権限・学習機会・活用機会をセットで現場に提供して初めて、リスキリングが成立する。

 三つ目の視点は学習視点、適切な目標設定と学習ステップのデザインが重要である。目指すべきスキルが明示され、そのスキルを活用した華々しいジョブが示されたとしても、そこにどうやってたどり着けばよいか、あるいはその道のりが現実的に達成可能なものなのかが示されないと、学習という行為は生まれず、成長もない。平たく言えば、小学生に大学レベルの授業をいきなりしても当然ながら理解は進まない。会社としてリスキリングの到達目標を設定するとともに、いま社員一人ひとりがその目標に対してどれくらいのギャップ、道のりがあるのか、その道のりをどれくらいの時間と費用をかけて踏破するのか、その時間と費用を最適化するために内部リソース・外部リソースをどのように組み合わせるのがよいか、そういった学習のデザインをする力が経営・人事に求められている。

 リスキリングとアップスキリング、それを実現するために必要な三つの視点ということを本稿では述べてきた。ただやはり、「将来どうなるかなんて分からない」VUCAの時代でもある。経営が100点満点の先読みをすることは現実的に不可能であり、ましてや現場が自律的に将来を見通して学習を進める、そんな時間と余力はない。だからといって新たなスキルを身に付けるということを後回しにしても、企業の衰退、収入の減衰しか導かれない。まずは先読み・絞り込みして「100%このスキルが必要になるかはわからないが、まずは学習して業務に活用しよう。その習慣、学ぶ力こそ鍛えよう。」という組織文化を社会・会社全体でつくっていくことがいま求められている。微力ながら、当社におけるその挑戦結果とナレッジを今後公開していきたい。


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