人材育成コラム

リレーコラム

2024/2/20 (第167回)

人財政策のプロが必要な時代

ITスキル研究フォーラム 理事
日立建機株式会社 人財本部 人財開発統括部 主席主管

石川 拓夫

 このコラム寄稿の機会もそんなに長くないので、自分のことは棚に上げて書き残しておきたいことがある。

 最近人的資本経営が注目され、その対応が迫られている。企業経営の根幹は人財と古くから言われてきたが、人財が生み出す価値に着目した人財政策を具体的に行ってきた国内企業は多くはなかった気がする。労働人口が激減する日本において、ようやくこの考えが具体化される時代になったと思っている。そんな時代になったが、ではそれを具体化できる人財政策のプロフェッショナルがそれぞれの企業にいるのか?と思うと、この視点はあまり議論されてきていない気がする。それはこの分野の人財のキャリアパスを考えていただければ、同意してもらえるのではと思う。

 私は長年情報分野で人事を担当してきた。たまたまだが、情報分野は技術革新が激しく、顧客の評価が厳しかったこともあり、年功序列ではなく、提供価値に着目せざるを得なかった。オープン化やネットワーク化など大きな技術のパラダイムシフトが起こる度に、顧客の求めるスキルは激変し、ITエンジニアはキャッチアップして、生き残り(キャリアサバイバル)を図ってきた。こんな厳しい事業環境の産業は他にはなかったことは、産業分野のライフサイクルの視点で産業史を振り返ってみればわかるだろう。こんな中で、今注目されているジョブ型人事も早くから導入する企業があり、それを結果として支援したITSSも公表され、人財の価値を最大化する施策が早くから模索されてきた。しかしながら、これを具体的に施策化する担当者のキャリアパスは不明確なままで、必ずしも課題を明確に解決できる力量を備えた人財やチームで対応できた企業は多くはなかったと思う。コンサルタントの支援を仰ぎ、うのみにした企業も多かったと思う。

 こんな事情に危機感を持った社外の研究会の仲間たちと、IT業界の人事担当者育成研修を開発し、実施したことがある。集まった受講者の方々のキャリアは、予想通り、最近までITエンジニアだったり、営業だったりする方々だった。このような背景の方々に、なんの武器も与えず、課題だけ与えて、問題解決を迫っている業界事情が見え隠れした。この状態は今は解決されているのだろうか?解決されていないとすれば、それは大きな盲点であり、人的資本経営を自覚した経営者にとっては、喫緊の課題と認識した方がよいだろう。

 さて私は現在、経産省が主催する「デジタル時代の人材政策に関する検討会」の委員を務めている。数年続いている長寿の検討会だが、今年度のテーマは、「生成AIと人財育成」である。生成AIの進化は、ご存じの通り非常に速い。ある有識者によると1週間単位だそうだ。一方人財育成は短期戦略対応もあるが、一般的には10年の計だ。この時間軸の違いは人財政策の分野に間違いなく混乱を生み始めている。人間の作業を代位する生成AIの守備範囲と人間が行うべき守備範囲が刻々と変化している。人財育成が10年の計とすれば、企業内教育で今付与しているスキルが、その人財にとって将来必要なスキルかどうか、見極めが重要になる。こんなテーマに関する知見も人財政策の担当者には必要となる。今までも、例えば新人教育では付与する内容を時代の要請に合わせて変えてきたと思うが、生成AIの進化によって、職種の定義や求められるスキルが大きく変化することを念頭に置きながら試行錯誤する必要がある。人財政策の担当者にとっては大変な時代になったと思う。

 このような技術の進化や企業評価の尺度の変化などを俯瞰すると、人財政策の担当者の役割が、ここにきていきなり経営の前面に出て、スポットライトを浴びることになった気がする。一方ではそれに耐えうる担当者は計画的に育てられようとしているのかといえば心もとない。これに対しては、早急に取り組みが求められるだろう。

 具体策としては、まずはきちんと自分の役割に必要な基礎知識を習得する必要がある。BOKを理解し、それを実践しながら、経験値にしていく必要がある。その一丁目一番地である基礎知識がおろそかにされていては、キャリアを語りようもない。この原点に戻る取り組みを意識し、誰でもできるだろうなどという乱暴な人事は控えて、計画的な育成が図られるべきだと思う。1社で図れない中堅中小の企業は、業界団体や同じ危機感を共有する企業同士で対応することも手だと思う。

 人財政策の失敗から、経営が立ち行かなくなる時代がすぐそこに来ている。そんな気がして仕方がない。

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