人材育成コラム

リレーコラム

2024/4/22 (第169回)

学びを組織で管理する

ITスキル研究フォーラム 理事/株式会社日立アカデミー

宮浦 智範

 近年、個々のニーズに合わせた自律的な学習が容易になっています。その一方で、従来のように全ての学びを「組織で管理する」ことが難しくなっているともいえます。今回は、学びを組織で管理する点について考察してみます。参考になれば幸いです。

注:この記事では、お客様の事例を引用しています。事例に含まれる情報は、公開許可を得た範囲内でのみ記載しております。分かりづらい点が多いかと存じますが、ご容赦ください。


DX意識と行動調査2023「学び」に関する調査

 「DX意識と行動調査2023」をご覧いただけたでしょうか。先日、「DX意識と行動調査ワーキンググループ」の活動報告書も公開されましたので、あわせてご参考いただけますと幸いです。 「学び」に関するアンケート結果から、「習慣的学習者」が85%以上(月に1日以上=85%、週に1日以上=50%)おり、かつ習慣的学習者の多くは、「現在の仕事に必要」や「会社や上司の指示」ではなく、あくまでも自発的に学んでいることが分かります。調査対象がIT技術者・エンジニアであることや、後述する“学びの定義”に依存する結果ですが、叫ばれがちな「学ばない日本人」とは異なり、個人的には溜飲が下がる考察でした。

「学び」の定義

 「学び」と聞いてどのようなものを想像されるでしょうか。何日間にもわたり集合研修を受講したり、ビジネス・スクールに通ったり、新たな資格に挑戦する、といった“ガッツリOff-JT”だけが学びではありません。学び放題eラーニングで知りたいテーマをかいつまんで学ぶ、書籍を読む、有料記事や学習アプリを購読する、すき間時間に音声・動画メディアを“ながら聞き”する、オンライン・コミュニティに参加する、Webで調べ物をする、お客様との意見交換から知識を得る……など、学び方は様々です。

 皆さん、日々、業務遂行しながら学んでおり、チームや組織にはあえてアピールせず表出しないケースも多いように思います。組織で管理している研修の受講履歴や資格取得リストでは捉えられない“アルな学び”について、個人に埋もれさせず、チームや組織に還元する仕組み作りが重要です。

ケース1:サブスクリプション・サービスを費用負担する制度

 ある企業で、「サブスクリプション・サービスの費用を会社が負担する」という面白い制度がありました。有料ニュースサイトや学び放題eラーニングの月額フィーや、英会話教室の“月謝”の一定額を会社が負担します。目的やサービス内容に関して報告義務はあるものの、何を使うかは個人の自由です。
 制度の目的は、福利厚生の一環として従業員の満足度を向上させることですが、個人の成長をチーム・組織の成長につなげる循環するサイクルを構築する狙いもあります。収集された皆さんの取り組みの内容を参考に、情報収集や興味の幅を広げるだけでなく、人気のあるサービスを法人契約に切り替えるなど、全社の育成施策を考える際の参考にもなります。

ケース2:学んだ内容をアウトプットする「場」

 以下のような光景って懐かしくありませんか。
  • 職場の本棚に技術書やベストセラーが並び、ふと手に取る。
  • 「この本を読んでおけ!」「この記事どう思った?」というウルサイ先輩・上司がいる。
  • 朝礼での“1分間スピーチ”で担当業種・業態のニューストピックを語る。
  • 自身の得意なスキルや知識を共有するワークショップや、ウェビナー・セミナーの内容の共有など、チーム・プロジェクト、同期といった小集団での勉強会

 得た知識をアウトプットし掘り下げたり、新たな情報収集チャネルや視点を獲得したりする機会として、このような「場」は有効だったように思います。だからといってアナログ回帰が正しい訳ではありません。多くの場合は、“社内コミュニケーションツール”や“上司-部下の1on1”といった策頼みになりがちですが、業務多忙で時間がとれないことや心理的安全性の担保が難しいことから、いずれも形骸化しがちです。

 日立グループでは、2022年よりLXP(Learning Experience Platform = 学習体験プラットフォーム)を導入しました。LXPの機能価値はいろいろありますが、LXPにより、日々の仕事の中に埋もれている個人の「学び」をナレッジとして蓄積し、チーム・組織の学びに生かすことがねらいです。まさに上記のような活動の「場」を実装するプラットフォームと考えています。“言うは易く”でツールを導入しただけではどうにもなりません。まさに試行錯誤中の活動ですので、追って共有いたします。

ケース3:組織で取り組むリスキリング

 これまで触れた学びは、社員の自主性に任せておいても良いともいえます。一方、リスキリングは組織主導で行う業務に位置づけられます。当社でも「リスキリング策の体系化」のご依頼を受けることがありますが、具体策の前に、事業計画やヒアリングをインプットに、リスキリングにより組織が社員に期待する活動(期待する姿)を明確にするところから始めています。

  • 活動(つまり業務) → 知識・スキルテーマ → 育成施策

特にリスキリングのテーマで多い「デジタル・リテラシー」は厄介です。その定義があいまいで、かつ全ての活動、全ての社員が対象となり、必要性は伝わるものの「出口」が分かりづらいといえます。このため、学習のモチベーション維持が課題です。 ある企業では、いわゆるオフィス・ワーカーでない方へのリスキリング策を実施しました。内容は、Webブラウザでの情報検索やオフィスソフトウェアに関するスキルなど、基本的なIT利活用スキルです。以下に示すような“組織の本気度”を示す支援策が無ければ、学習は続かなかったように思います。
  • 対象者の多くはオフィス・ワーカーではなく、社用PCが共有だったため、スマート・デバイスでの学習を前提としたサービスを選定した。加えて、学習用にPCルームを整備した。
  • 想定される標準学習時間分の残業代を支払った。ただし、修了試験で合格しなかった場合は、サービス利用料含めて自費で再学習とした(アメとムチ)。
  • 「学習完了率」、「事前・事後アセスメントによるスキル伸張率」を、チーム・個人ごとのKPIに設定した。チームリーダーで進捗率を競うなどイベント性を持たせた。
  • 対象として想定していなかったオフィス・ワーカーの方や経営陣も自主的に参加し、ほぼ全社員が対象となった。

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