人材育成コラム

リレーコラム

2014/10/20 (第56回)

IT技術者を成長させる「留職」の勧め

ITスキル研究フォーラム 理事
日立ソリューションズ CSR統括本部 本部長(ブランド・コミュニケーション担当)

石川 拓夫

 「留職」という取り組みがある。これは企業で働く人財が新興国のNPO等へと赴任し、一定期間本業で培ったスキルを活かして現地の人々とともに社会課題の解決に挑むというプログラムだ。
 単なる社会貢献の取り組みにも見えるが、我々は新興国マーケットで通用する人財育成の一環であり、かつ新興国を念頭に置いたグローバルなビジネスを創出するきっかけともとらえている。
 社内でもかつてからグローバル要員の育成に関して取り組んできたが、語学研修や海外経験付与を目的としたプログラムが多く、実践的な効果が薄いとの声もあった。

 これに比べ、「留職」は全く異なる過酷な環境の中で、自分ひとりでやりきることが求められる。当社の社員をインドネシアのNPOへ送り込んだ事例で紹介しよう。
 このNPOは、貧困層の生活の質の向上をめざし、都市と農村部を結ぶ教育プログラムを通した地域開発や、地域図書館の運営などを通した教育活動などを行う団体であり、ここへITの専門家として乗り込み、NPOの活動を支援した。具体的には図書館の貸出管理システムを構築するミッションで、それを約3カ月で行ってくるものであった。

 このNPOの性格上、赴任場所は都会ではなく、インドネシアの農村部であり、無論日本のような都市生活の利便性は全く望めない。インターネットも満足につながらない環境下で、頼りになるのは己のみ。ITに疎いNPOの職員相手に、不自由な言葉でコミュニケーションをとり、仕様を決め、開発を行う。これは経験者によると、予想以上の負担だったようだ。
 最初の挫折はコミュニケーション。システムの中間レビューで駄目出しをくらい、もっと詳細なコミュニケーションをとっておけばよかったと後悔する。派遣される社員は事前に最低限の教育は受けていくが、予期せぬ障害は多々ある。よりどころは、自分の使命感とIT技術力だ。
 こうして悪戦苦闘の末、システムを構築して、NPOの職員の方から感謝された時のやり遂げ感は、大きな自信を生み、新興国への謙虚な姿勢とともに、彼の財産となった。帰国後発表会を行ったが、幹部の評価は大変高く、今後はグローバル人財育成の中核に据え、もっと力を入れていこうとなっている。

 この「留職」は、日本のNPO団体の支援で実現できている。過酷な環境下で過酷なミッションだが、派遣先のNPOの選定や、さまざまなケアなど、表に出ない支援は厚い。その点で安心できるプログラムと思っている。
 今日本でも注目を集め始め、新聞でも取り上げられるようになった。海外では先行して、グローバルなメジャー企業が実践してきた。新興国ビジネスの開拓という目的は強いが、社会イノベーションの視点も感じられる。

 社会がより豊かになり、幸せになることにおいて、ITが果たす役割は大きい。ITは社会課題を解決するための有効な手段である。一方、社会課題は、急激に発展する新興国により多く存在する。しかしその国特有なものを理解した上でないと、ビジネスとしての成功は難しいと言われる。これをクリアすれば、その国の発展に寄与しようというマインドを持ったITエンジニアが、Win-Winのビジネスを展開できる可能性は十分にある。その際には、その新興国において悪戦苦闘した経験は、必ずや役に立つのだと思う。
 社会基点でのビジネス創出、新興国でのビジネス創出、社会イノベーターとしての成長など、多くの成果を期待させてくれるプログラムだと思う。

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