人材育成コラム

リレーコラム

2010/08/06 (第6回)

「良き言葉」が、組織を救う

ITスキル研究フォーラム 理事
フロネシス経営研究所 主宰/富士ゼロックス総合教育研究所 アドバイザリーフェロー

出馬 幹也

  組織風土を決定づけるものは何か。それは、トップからミドルにいたる「マネジ メントの言葉と行動」である。中でも、言葉が持つ影響力は実に多大であるとい う他はない。

  職場のリーダーが発する言葉が、何回か繰り返されることにより、いつのまにか 部下も同じ言葉を使い始めるようになる。それが風土形成の基本的なメカニズム である。そこで選ばれている言葉の良し悪しによって、社風自体が良くもなるし、 荒れた風土にもなってしまう。

  ある大手製造業で、経営レベルの会議に参加した時のこと。

  「よくわからないんだけどね、どうしてこの資料はこういう分析になるの?」
  「よくわからないけど、もう少し別の情報とかも取ったほうがいいんじゃない」

  こうした発言が、次から次に出されていた。

  その場の提案者である経営企画のマネジャーは、終始平身低頭。思いつきのコメ ントというべきか、他人事のような発言と無責任さが漂う中、最終的に社長が議 論を引き取った。結果として、建設的議論ができたとは誰も思っていない。上手 いファシリテータが不在という理由もあろう。しかし、いかにもその場は、言葉 が多くを担っていた。

  「よくわからないんだけどさ」という言葉を繰り返すことにどのような意味があ るのだろうか。見ず知らずの会社の事案を今日はじめて議論するならまだしも、 少なくとも数年間は経営に近い立場として、情報に触れ、提案を行い、意思決定 とは何かということを学習せざるをえない過程を経てきた人々であるはず。「よ くわからないんだけどさ」という言葉は、その観点から申して何の意味もない。 それどころか、無力感というネガティブな影響力を組織に伝搬させてしまう。

  その企業では、現場の会議でも、その場の一番偉い人物がもったいぶったような 表情で「よくわからないんだけどね」というフレーズを口にすることが一種のス タイルになっている。“評論家”ばかりが増え、実行・解決のエネルギーも、具 体的取り組みも、すべてが脇に追いやられてしまうのだ。「よくわからないんだ けど…」という言葉が持つ力が、「先延ばし」「先送り」「立ち消え」を生み、 結局何も変わらない組織を作り上げてしまうのである。

  悪しき影響力を持つ言葉は本当に恐ろしい。組織・人材から、物事を成し遂げよ うというパワーを確実に奪っていく。言葉によって鼓舞され、勇気を与えられた 人材は、何がしかの成果を後で生むことだろう。その逆もまた真なり。「よくわ からないんだけど」を連発する“評論家”のために、誰が熱く燃えよう。いわん や、成果を創造しようとするものか。

  たまたま自分として、本当にわからないことがあったとしても、良き言葉こそ選 ぶべきなのだ。「ここまでの資料はよく理解できた。情報収集分析も大変だった ですね。一つ質問があるのは、Aの分析をXのように解釈すると結論が変わって くるような、それも我々のビジョンの描き方一つ、ということですね?」という 発言ではどうだろう。提案者である経営企画マネジャーの心は落ち着き、その意 見に感謝し、自分たちが議論を重ねた経過を振り返り、望ましい意思決定をして もらうための誠実な返答を、と懸命になるのではないか。言葉一つが良き空気を 作り、良き判断を導き、良き行動へと人材を鼓舞するのだ。

  世にポジティブ思考の素晴らしさを説く書物・講師は多い。私もその一人であり たいと願う者だ。各人の思考が透けてみえる窓。それは、一人ひとりの眼に宿る 光と、発せられる言葉に他ならない。

  人の心と力は、良き言葉によって鼓舞・結集され、ビジョンを実現する大いなる パワーとなっていく。考えられる限りで、日々の瞬間瞬間において、良き言葉を 選んでいきたい。

(※このコラムは2010年7月15日に「iSRF通信」で配信された記事を、Web掲載向けに編集したものです)


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