人材育成コラム
リレーコラム
2010/09/15 (第7回)
孫子の教え
ITスキル研究フォーラム 理事
日立ソリューションズ 人事総務統括本部 人財開発部 部長
石川 拓夫
「彼(かれ)を知り己(おのれ)を知れば、百戦して殆(あや)うからず」
と言う有名な教えがある。続いて「彼を知らずして己を知れば一勝一負(いっしょういっぷ)す。彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず敗る」
ともある。「見たいものしか見ていない」のではないか
この教えは、今でも合理的な戦略論の基本として輝きを放っているが、個人的には現在の大きな変革期の真っただ中にいる日本のITエンジニアが、今こそ自覚しなくてはならない言葉だと感じている。
まさにITエンジニアのキャリア形成にとって基本となる考えだと思う。
この教えに従って内省してみると、まずはITエンジニアは、外部環境の変化(技術革新、顧客も含めたステークホルダーの意識変化、そこから来るであろう要求の変化など)を理解しようとしているか。そして振り返って、己とはなにものか、強み弱みは何か、何をなすために存在しているのかといった「自己理解」を本当にしているか、という懸念がある。どうも私も含めて、「見たいものしか見ていない」のではないかと言う気がしている。
当社では種々育成支援を行っているが、その中に「キャリア・デザイン・ワークショップ」というものがある。キャリア開発支援を積極的に推進する当社としては、社員の自律したキャリア開発を支援する中核の研修である。この研修は、入社時、3年目、30歳、40歳、50歳の時に受講する。内容は年代毎に若干の違いはあるが、基本的には、業務から一時離れて自分を見つめる時間を与え、それまでのキャリアの振り返りを行い、これからの数年間のキャリア開発の目標とアクションプランを考える研修である。若年層ほどキャリアデザイン色が強く、年齢があがるほどライフやマネーのデザイン色が加味される。でも今までの自分を見つめて、これからを考えて頂くスタンスは同じだ。
年齢ごとに行うので、40歳時の研修などは受講者のそれぞれの立場も多様なので、見たくないものまで見なければならない研修内容であり、良い意味でも悪い意味でも大変刺激的である。この研修を行うたびに思うのが、冒頭の教えである。ITエンジニアの場合、多くの人が「彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず敗る」のスタンスに気がついて慌てるのではないだろうか。当社の場合このことに愕然となる受講者は多いようだ。
「Must」「Want」「Can」で考える
他のいくつかの意識調査やコンピテンシー調査などで、当社も含めてITエンジニアは保守的ではないかと思う。革新的発想やそれを戦略的に展開する問題解決力、そしてそれを実行に移すリーダーシップ、いずれも当社のエンジニアの弱さであり、外部の有識者の意見を参考にすると、おそらくは日本のITエンジニアの弱さではないだろうか。
「見たいものだけを見てきた」結果として、サービスシフトの時代に顧客から求められる新たな要求スキルに戸惑っていることはないだろうか。
ここは冒頭の孫子の教えを謙虚に受け入れて、「見たくないものまでしっかり見て、これからを考え行動する」ことが必要なのだと思う。それは経営サイドにだけ利する話ではなく、ITエンジニアにとっても、自然淘汰に打ち勝つために必要なことではないだろうか。
市場やステークホルダーのニーズの変化を冷静に分析すれば、このまま昨日が明日も続くと思う人はすくなかろう。そこで得た自分なりの判断にのっとって、個人の幸福と会社の幸福を考える必要がある。個人事業主を目指すならば別だが、組織の中でキャリア開発を考えるならば、「Must」「Want」「Can」で考える必要がある。その時に少々痛い想いもするが、自分の弱みと言った「見たくないものまでしっかり見る」ことが必要になる。「Want」だけでは、それも子供じみたマイワールドな「Want」だけでは、突然やってくる国際的な自然淘汰の波にさらわれるかもしれない。
「変化さえも楽しむ」、これはキャリア形成の秘訣である。
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