人材育成コラム

リレーコラム

2019/06/20 (第109回)

世界最大の産業見本市:ハノーバーメッセから見る現実的なAI戦略

テクノスデータサイエンス・エンジニアリング株式会社 執行役員 常務

池田 拓史

 昨年ガートナーが発表した「日本におけるテクノロジのハイプ・サイクル:2018年」では、人工知能(AI)が「過度な期待」のピーク期を脱し、幻滅期に入りつつあることが示されている。あれほど過熱したAIブームもふと気が付いてみれば、実現していないことも多い。例えば、2015年頃に鮮やかなデモ動画で世間を驚かせた自動料理ロボットもいまだ発売にいたっていないようだ。また、同じ頃にどんな洗濯物も自動的に折りたたむロボットの実現を表明していた会社も、残念ながら実用化にいたることなくこの4月に倒産してしまったようである。

 筆者はデータサイエンティストとしてデータ分析、組織組成支援、教育などのコンサルティング活動を約20年間行っている。今年4月の初めにドイツで開催されたハノーバーメッセを視察した。実用性や信頼性をことさら強く要求される産業界におけるAIの動向について考察する機会を得たため、それについて報告したい。ハノーバーメッセは、インダストリー4.0による産業革命をテーマに毎年ドイツで開催される。出展企業6500社、来場者は75カ国・21万5000人という、世界最大規模の産業見本市である。

■産業用ロボットにおけるAI

 産業用ロボットの展示において目立ったのは、工場から人を追い出し、無人化を目指すAIではなく、AIの苦手な部分を人にカバーしてもらい、人との協働を目指すAIだった。冒頭の事例の通り、AIのできることに限界があるのは明らかである。なんでもAIで実現しようとするのはコストがかかりすぎるということに気づいた企業が多いようだ。

 ロボットが人と協働するためには、人が何をしたのかをAIが察知し、それに応じた動きを自律的に、しかも素早く行う必要がある。このような演算はクラウド上ではもちろん可能だが、ネットワーク遅延や寸断などの危険性を考えると、物理的実体であるロボットのすぐそばで行うべきである。

 具体的にはPLC(プログラマブル・ロジック・コントローラ)を通じてロボットを操作するIPC(産業用PC)上で行わなければならない。IPCはクラウドに対比してしばしばエッジと呼ばれる。人と協働するAIの実用化の肝は、エッジ上における実装(デプロイ)にあるといえる。

■クラウドベンダーのエッジ対応

 自律的なAIを作るためには、ロボットが利用される物理的な状況に合わせた訓練をAIに対して行い、専用のAIモデルを得る必要がある。訓練されたAIモデルをIPC上で動作させることは十分に可能である。しかし、訓練には極めて強力な計算資源が必要であり、IPCはそれには適さない。クラウドは計算資源も豊富なうえにソフトウェア技術も急速に進歩している。分散処理やサーバーレス・アーキテクチャをはじめとする開発環境を利用すれば、AIモデルの開発速度は大いに向上する。AI開発においてクラウドが主戦場となるのは間違いない。今回のハノーバーメッセにおいても、クラウドベンダー各社は巨大なブースを出展し、会場内でも大きな存在感を示していた。

 しかしながら、クラウド技術単体では問題がある。出来上がったAIアプリケーションはしばしば開発環境のソフトウェア構成要素に強く依存してしまうため、それだけをIPCに移植しても利用することができないのである。実はこの問題はコンテナ技術を用いることにより解決する。この技術を用いれば、完成したアプリケーションを動かすのに必要な環境もろとも、開発したAIアプリケーションをエッジにデプロイできるのである。クラウドベンダー各社は、エッジを取り込むためのコンテナ技術への対応を進め、さらにはエッジ上のソフトウェアプラットフォームにおける様々な種類の産業用ネットワーク・プロトコルへの対応も加速している。

 クラウドベンダー各社は、すべてをクラウド側だけで賄おうとする戦略から、積極的にエッジ側に出ていく戦略へと転換しているのである。

■AIの民主化とパートナー・エコシステム戦略

 AIモデルを作成するにはクラウド上での訓練が必要だが、万能なAIモデルを作る訓練法は未発見である。つまりAIを利用するためには、用途や物理的状況に合わせた専用の設計でいちいち訓練する必要があるのである。産業界のユーザーが直面する用途や物理的状況は多種多様であり、そのようなカスタマイズ要望に対してクラウドベンダーがいちいち対応するようなことは現実的ではない。

 クラウドベンダーは、サーバーレス・アーキテクチャによって通常のアプリケーション開発を短期化・低コストすることでクラウド利用の促進を成功させてきた。実は、「AIの民主化」とはこの戦略をAIに対して延長したものであると見なせる。つまり、AIの民主化とは、ユーザーもしくはその開発パートナーが、用途や状況に合わせてAIを手軽に訓練できるようにすることにより、クラウド利用を一層促進させようとする戦略である。この戦略の成功のためには、細かな顧客のニーズにあった開発をクラウド上で行う多くの事業者、つまりパートナー・エコスシステムを急成長させることがカギとなる。ハノーバーメッセにおいても、各クラウドベンダーの戦略は明らかにパートナー・エコスシステムの方向に向いていた。かれらのブースでは多くのパートナーによるソリューション展示が大きな面積を占めていたのである。

■まとめ

 インダストリー4.0を目指す産業界において、AI/クラウド/エッジ/パートナー・エコシステムは欠かすことのできない要素となっている。日本がガラパゴス化して進化から取り残されないために、われわれデータサイエンティストだけでなく、SI事業者やIT関係者もこの潮流に真摯に対応すべきだろう。



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