人材育成コラム

リレーコラム

2019/10/21 (第113回)

AI技術者とIT技術者の違い

テクノスデータサイエンス・エンジニアリング株式会社 執行役員 常務

池田 拓史

 これまでのITは、原則としてルーティンワークをアプリケーションによって自動化するための道具として使われてきた。その構築および利用のプロセスを省略して示すと以下のようになる。
要求 ⇒ 基本設計 ⇒ 詳細設計 ⇒ 実装 ⇒ アプリケーションによる情報処理
要求 ⇒ 基本設計 ⇒ 詳細設計 ⇒ 実装 ⇒ アプリケーションによる情報処理
 AIのそもそものねらいは、学習データに含まれる情報を用いて、人間の力を借りずにこの「詳細設計、実装」のフェーズを遂行することにあった。

 例えばローマ字かな漢字変換アプリケーションを考えよう。入力されたローマ字に対しどのような変換候補を表示すべきかはユーザーがおかれた環境や用途によって異なってくる。理想的にはユーザーごとに詳細設計・実装を行ったアプリケーションを提供すべきだが、人間の技術者がそれを行うのは現実的ではない。そこで威力を発揮するのがAIである。ユーザーに採用された変換の記録を学習 データとすることにより詳細設計が自動的に変更され、実装が変化することでアプリケーションのふるまいが最適されるのである。

 最近では、ネコなどの画像識別方法や、囲碁などのゲームの攻略方法についての詳細設計と実装を人間が行わなくとも、AIによって高精度の性能を持つアプリケーションを作れることが示されている。学習データさえ集められれば、あらゆるアプリケーションの「詳細設計、実装」のフェーズの一部をAIに肩代わりさせることが可能なのではないかという期待が高まったのである。しかしその後の成 功事例をふかんしていくと、最先端のAIである深層学習や強化学習であっても、成功が約束されている分野はごく限られていることが見えてきた。その分野とは、

(1)完全性の高い学習データを入手可能であり、深層学習が有効性を持つ領域、つまり画像識別/画像生成/音声認識/音声生成/文章認識/文章生成(翻訳など)

(2)完全性の高い学習データを生成可能であり、強化学習が有効性を持つ領域、つまり囲碁などのゲームの最適化探索/物理や化学などの基礎法則に従う事象の最適化探索

である。

 これらの分野への応用についてはAI開発のためのソフトウェア・フレームワークの整備が急速に進んでおり、従来型のIT開発の発展形としてAIを位置付けることも不自然ではなくなっている。しかし、ここで決定的に重要なポイントは、これらの分野では完全性の高い学習データを原理的に入手または生成可能であるということである。


 一方、これ以外の分野については、完全性の高い学習データが入手できるかどうかは個々の取り組み課題や状況に大きく依存する。AIによるルーティンワークの自動化が成功するかどうかは不透明であり、訓練された専門家によるアセスメントや注意深い実証実験の取り組みが必要である。AIを従来型のIT開発の延長線上のコスト削減技術としてみた場合、その魅力は半減してしまうかもしれない。

 しかし、AIの魅力はルーティンワークの自動化だけにあるのではない。AIの持つ以下の特徴、つまり学習データから詳細設計(つまり「モデル」)を導いたり、それをアプリケーションに実装し、新たな入力データに対して出力(つまり「確率」や「尤度」)を計算したりする能力は、他の用途にも用いることができるのである。

 それは、「情報を収集、加工、統合・分析・評価して、人間が判断・行動するために必要な知識へ変換する」という用途である。企業におけるこのような用途はビジネス・インテリジェンス(BI)と呼ばれ、それは決して新しい概念ではない。実はほとんどの企業にとってAIをどう活用すべきかという問題は、AIをどうインテリジェンス(=判断・行動するために必要な知識)の生成手段として活用 すべきかという問題と同義なのである。

 このようにAIをとらえたとき、それに従事するAI技術者が直面する課題は従来のIT技術者が直面する課題と似ているようでいて、かなり異なってくる。どのようなインテリジェンスを生成すべきなのかは、それを利用しようとするカスタマーの存在なしには定義できない。

 インテリジェンスの世界の鉄則は「はじめに(カスタマーの)リクワイアメントありき」である。AI技術者はカスタマーからリクワイアメントを引き出す必要がある。ここまでは既存のIT技術と同様だが、インテリジェンスは比較的短い期間で消費されるものであり、それをもとにカスタマーが意思決定を行う結果、次に必要なインテリジェンスは次々に移り変わる。そのスピードはIT開発とは比べ物にならないほど速い。

 違いはそれだけではない。消費者の価値観が多様化し、企業同士の競争が国家を越えて激化する今日のビジネス環境にあって、何をリクワイアメントとすべきなのかはカスタマー自身ですら明確化することが難しい。そもそもカスタマーはインテリジェンスをインプットとしなければ、適切なリクワイアメントを生成できない。インテリジェンスについて多くの情報を持つのは、むしろAI技術者のほうである。これでは鶏と卵である。つまり、AI技術者はカスタマーの下請け業者ではなく、カスタマーのおかれた状況から何が利益となるのかを自ら理解し、リクワイアメントを「発見」することも強く求められるのである。従来のIT開発のような発注・受注型のマインドやスタイルはフィットしないのである。


 AI技術者に求められるこのようなスキル要求は、IT技術者に対するそれとはまったく異なる。事実、2018年度のITスキル研究フォーラムのAI人材ワーキンググループによる調査結果では、AI技術者とIT技術者の保有するスキルの性質に大きな断絶があることが示された。また、AI系スキルの高い層における年齢構成は40代以上の占める割合が通常よりも大きいことが示された。これはカスタマーのリ クワイアメントを発見するために、ビジネス経験を積むことが必要であることを示唆するものと解釈できる。これらの調査結果は、AI人材に必要なスキルがなんであるかを、トレンドに流されず冷静に理解するうえで貴重な基礎資料といえるのではないだろうか。

 インテリジェンスの活用は、現在大きなムーブメントとなっているデジタル・トランスフォーメーションを推進していくうえでも中心をなすテーマである。ITスキル研究フォーラムで今年度設置されたDX実態調査ワーキンググループは、「全国スキル調査2019」と併せ、経営層からITエンジニアまで幅広い層を対象に「DX実態調査」を実施し、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)への 取り組み実態と課題を明らかにする試みを開始している。この調査により、DX推進においてAI人材が果たしている役割についても解明されることを期待したい。

(参考文献)
インテリジェンス入門[第2版] 北岡元 慶応義塾大学出版会
AIワーキンググループ2018年度 活動報告書(リンク



この記事へのご意見・ご感想や、筆者へのメッセージをお寄せください(こちら ⇒ 送信フォーム