人材育成コラム
リレーコラム
2021/3/22 (第132回)
非認知能力
株式会社教育エンジニアリング研究所 代表取締役
一般社団法人IT人材育成協会 理事
木村 利明
また、なんのことか想像できますでしょうか?
逆の言葉に相当するのは「認知能力」ですね。
「認知能力」とは、いわゆる「テスト」で測ることができる力のことをいいます。試験の点数やIQ(知能指数)、偏差値などで表される能力です。
それ以外の(つまり「テスト」で測れない)能力が「非認知能力」です。
実は、2017年3月に改訂された文科省による「学習指導要領」に、既に「非認知能力」の大切さが組み込まれています。
日本の学校教育も、IQや偏差値といった「認知能力」のみ重視するといった従来の傾向から、徐々に変わろうとしているのです。
これからの10~20年で今ある仕事の半分近くが自動化され、現在の未就学児が就職する頃には、65%の人が今存在しない仕事に就く……と言われているからですね。
AI(人工知能)が発達すればするほど「認知能力」は機械に取って代わられ、人が働くためには「人間だけが達成できる能力」が必要になってきます。
言い換えますと、価値観がどんどん多様化するなか、学力(≒学歴)至上主義を疑問視する声も強まっており、急速に変化する社会を行き抜く力を育てるものとして、「非認知能力」に注目が高まってきているわけです。
「非認知能力」は多様で複雑なので、それが何かということに関して一致した見解はありません。ここでは、OECD(経済協力開発機構)による定義を紹介しながら、そこに人材育成としての考え方を関連させたいと思います。
OECDは「非認知能力」を次の3つの力に集約しています。
(1)目標達成に向かう力 (2)他者と協働する力 (3)情動を抑制する力
(1)目標達成に向かうには、グリットとレジリエンスが必要になりますね。目標に向けて「やり抜く力(grit)」と、失敗したときの「回復力(resilience)」です。これらは、高度経済成長期までの日本人には当たり前に備わっていた能力でした。当時は、いわゆる「ハングリー精神」があったからですね。
今はどうでしょう? 上司が部下に「根性を出せ!」「気概を持て!」「負けじ魂だ!」と叱咤激励しても、嫌われるどころかパワハラ扱いされてしまいそうです。
そのような時代に、こうした能力はどうすれば向上させることができるのでしょう?
結論的に言いますと≪経験学習≫しかないと思います。つまり、失敗体験と成功体験の両方の経験をさせる。学習上でそのように仕組むということですね。 ……できたら、失敗体験とそれを上回る成功体験で自信を付けさせていく。手間はかかりますが、ほかに方法はなさそうな気がします。
(2)他者と協働する力は、エンパシーとホスピタリティがその基になります。相手の立場や感情を尊重する「社交性(empathy)」「思いやり(hospitality)」ですね。 もともと「和を以て貴しとなす」国民性だったはずですが、これも今は心もとなくなっている気がします。
個性化多様化(≒ミーイズム)の時代といわれますし、企業の成果主義も影響しているかもしれません。それと、ネット社会の発達により他人と直接関わることに苦手意識を持つ人も多くなりました。
全体的にコミュニケーション能力が低下しているなかで、「協働」する力を向上させるにはどうしたら良いのでしょう?
これも結論的に言いますと、方法論としては≪チーム学習≫を体験させるしかないですね。「学びながらチームになっていく」という状況を実感させる、ということです。
(3)情動を抑制する力はリフレクションとインヒビションから生まれます。自己を振り返る力「内省(reflection)」と欲望を抑える力「抑制(inhibition)」です。
真面目で大人しい(奥ゆかしい)のが日本人の特性だったはずですが、あおり運転やらモンスターペアレントなどの記事を見ると、もはや昔話になってしまった感があります。
文科省は「道徳」の時間を増やそうとするかもしれません(効果があるかどうかは分かりませんけれども)。……私たち企業人はどうしましょう?
大人が大人でなくなっている(すなわち世の中が「幼児化」している)わけですね。
これはもう、ひたすら「自律(self-direction)」の心を促すしかありません。
そのための有効な教育手段として≪成人学習学≫があります。「学習者を大人として扱う」という考えが基盤ですので、そこで学ぶ人は「大人」にならざるをえないのです。
むしろ世の中は逆の方向に行こうとしているのかもしれません。それでも(いや「それだからこそ」ですね)「非認知能力」の向上を企図しなければならないと思います。
そのためには、これら≪経験学習≫≪チーム学習≫≪成人学習学≫の考え方や手法を、教育(人材育成)の中に確実に取り入れていく必要があるでしょう。
「非認知能力」(「社会情動的能力」とも言います)は、教えられて身に付くようなものではなく、「自ら学ぼうとする」学習者の内面で育まれるものなのだと思われます。
繰り返しますが、「非認知能力」は「従来の教育(=Teaching)」で向上させることはできません。「学習(=Learning)」への転換が不可欠なのです。
そこには、優秀な育成者(=ラーニングファシリテータ)が必要になるはずですね。
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