人材育成コラム
リレーコラム
2021/9/21 (第138回)
心と脳
株式会社教育エンジニアリング研究所 代表取締役
一般社団法人IT人材育成協会 理事
木村 利明
学習と心は関係があると思いますか?
言い方を少し変えます。学びは脳(≒頭)だけの問題でしょうか?
………。
「心なんて関係ない、あくまでも頭の問題だわさ」と思う人がいらっしゃるかも知れませんし、「いや、やっぱり学習にはモチベーション(≒心)が必要である」と思われる人もおられるでしょう。
…『欲求や動機付けが知覚に影響を及ぼす』。
これはブルーナー(米:心理学者)という人の言葉です。
脳だけの問題ではなく、学習者の意欲が影響しますよ…と明言していますね。
ブルーナー(Jerome Seymour Bruner)は、教育の世界では『発見学習』を提唱しました。いずれも1950年代のことで、「認知科学」生みの親のひとりとされています。
やはり、学習と心は関係しているのです。
提唱されてからもうすでに70年たちますので、今はさすがに「あくまでも脳の問題である」と考えている教育関係者は少ないとは思います。
(もしいらっしゃったら、すぐに考えを改めた方が良さそうです)
問題は、「本気」でそう考えているかどうか…です。
漠然とそう(動機付けが重要と)思っているだけで、教育現場でそのための有効な手だてを講じていなければ、実態は(頭の問題と考えているのと)大差ありません。
「モチベーション(学習意欲)が大事である」ということを知っていても、それは学習者次第(学ぶ側の責任)であるとして、そこに何も手を打たない教育関係者が多いように思われます。
例えば、研修の場で寝ている学習者に対して、一方的に「寝るやつが悪い」と決めつけていませんか?
「最近、新人研修でも寝る受講者が増えてきた」と、嘆くだけで放っておいたり、教育担当者にクレームを付けたりする講師。毎朝決まって「研修の途中で絶対に寝るんじゃないぞ!」と、あたかもそれが義務のように言い続けている教育担当者。
何も手を打たない教育関係者とは、彼ら(とその上司)のことをいいます。
脳科学の世界には「心像」という概念があります。
心像とは「断片的な知識が自分の中で意味のあるものとしてまとまったもの」のことであり、次のように説明されています。
人間が何かを理解するというのは、自分の中にすでにある『心像』と照らし合わせることである。つまり、『心像』がちゃんと形成されていない人は、何かを覚えることはできても、「そうか、分かった!」と納得することができない。
その『心像』の核になるものは「おや、何だ?」という「注意」であり、その「注意」を集中・持続させる心の働きなのである。
「覚える(=知識の注入)」は「脳」の働きかも知れませんが、「理解する・納得する(=真の学び)」は「心」の働きなのです。
有名なID(Instructional Design)理論の一つである『ARCSモデル』にも簡単に触れておきます。
教育工学者のケラー が1983年に提唱した「学習者の動機付け」モデルです。
学習意欲を高めるための方法を「注意」(Attention)、「関連性」(Relevance)、「自信」(Confidence)、「満足」(Satisfaction)という四つの側面に分け、そこから授業設計や学習教材を検証する。
例えば、「注意」では、学習者の注意を向け学習姿勢をつくることができているかどうか(知覚的喚起)、学習者の驚きや疑問を喚起し好奇心を刺激できているか(探求心の喚起)、変化や新奇性をもたせて飽きがこないような工夫がなされているか(変化性)、といった側面から、総合的に「面白そう」と思わせることができているかを検証する。
「A:面白そう」「R:やりがいがありそう」「C:やればできそう」「S:やって良かった」と思えるような研修で、寝るような受講者は誰もいませんよね。
学習者のモチベーションを喚起し学習姿勢をつくるのは、教育者側の仕事なのです。
ここが認識できて初めて「学習と心が関係する」ことが分かったことになります。
この「心と脳」に関することは「認知科学」という学問領域で研究が進んでいます。
コンピュータの誕生~発展と完全にシンクロ(同期)しており、その定義は『情報処理の観点から知的システムと知能の性質を理解しようとする研究分野』です。
「情報処理の観点から」ですから、当然ながら「人工知能」とも密接に関連します。
そもそも「認知科学」生みの親とされているのは、先のブルーナー(心理学者)とチョムスキー(言語学者)、そしてミンスキー(コンピュータ科学者:人工知能)の3人。
IT人材育成に携わる人間のひとりとして、「認知科学」の動向には常にアンテナを張っておこうと心がけています。
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