人材育成コラム
リレーコラム
2021/10/20 (第139回)
リスキリングの重要性
ITスキル研究フォーラム 理事
日立建機株式会社 人財本部 主席主管
石川 拓夫
日立建機は油圧ショベルやホイールローダなどを製造しているメーカーで、海外売上比率75%(20年度)のグローバル企業だ。(工場で鉱山用のでっかいショベルを見ると、子供に戻ったようにワクワクする。大げさに言えばガンダムの世界観がここにはある)
IoTの取り組みは早く、2000年からGlobal e-Serviceという取り組みを開始している。2015年からは、これを活用したソリューションサービスであるConSiteを提供開始し、センシングデータより故障リスクを把握し、深刻度に応じたアラームレポートと対応マニュアルを完全自動配信している。顧客課題解決を最優先する企業姿勢が表れたソリューションサービスであり、この実現にデジタル技術が早くから活用されている。
ただDXは、事業を、デジタル技術を活用してトランスフォーメーションすることなので、一部先行するサービス開発はあるものの、全社挙げてのDXの取り組みはこれからというところだ。DXの要諦は内製化である。内製化のためには人財育成は非常に重要である。そんな事情から私にオファーがあったと理解している。この年になって未経験分野の取り組みに乗り出すのは骨が折れるが、日立建機が本気なのでやりがいがある。もうひと踏ん張りだと思っている。
さて今日のテーマはDXの文脈で語られることの多いリスキリングについて触れたい。最近新聞紙上でも盛んに使用されるようになっているので、触れた方は多いだろう。
一般的には、現職とは異なる職種や役割に転換するための能力開発のことをさすと思う。デジタル技術が世の中に与える影響が大きく、DXが時代のトレンドなので、DXの文脈で語られることが多いが、本来の意味はこれである。この意味では、日本型雇用制度のなかでは、従来の職種転換教育も同じ意味だろう。
そのほかに最近使用される言葉で区別しておくと、まずアップスキリングは現職でステップアップするための能力開発をさす。またアウトスキリングは、社外で現職とは異なる職種に転換するための能力開発をさす。さらにリカレント教育という言葉もあるが、一般的には学校を卒業した後に、教育と就労を繰り返す教育制度を意味する、社会人の学び直しのことである。
さてリスキリングがなぜ注目されているかというと、デジタルの時代になってきて、現在の仕事が消滅し、新たな仕事が生まれる時代になったからだといえる。ATDなどでも現在の多くの職種が将来なくなると予想されるので、リスキリングが重要とレポートされてきた。本当であれば企業人は他人ごとではないはずだ。自分のキャリア開発を企業に白紙委任していたら、ある時自分のキャリアが必要なくなった……などといった悲劇は絶対避けなければならない。
先行事例を挙げてみよう。Amazonは、2019年7億ドルを投じて約10万人のリスキリングを行うと発表した事例が有名だと思う。データサイエンティストなど高度スキル人財の育成を図るとともに非技術系従業員の技術職への転換を促進するとした。またIBMでは事業ポートフォリオの50%が新製品や新サービスに置き換わると想定し、今後必要となるスキルや需要の低下するジョブを従業員に開示し、リスキリングを促した。今では80%の従業員が将来の事業で必要となるデジタルスキルを身に着けているといわれている。
また国内でも、キヤノンが事業構造改革に向けたデジタル関連などのリスキリングを、工場従業員を含む1500名に実施し、一部はスマート医療分野など戦略部門への配置転換を開始している。(2021年7月7日 日経新聞朝刊)
以上は企業の取り組み事例だが、やはりDXの事例が多いようだ。重要なのは、デジタル技術が市民権を得て一般化していながら、製造業など情報分野以外の業種では、目の前の業務がすぐになくなるのではないので、自分ごとと捉えにくいマインドだということだ。また短期の目標管理などが長期の取り組みを阻害することもままある。従業員にどう動機付けし、リスキリングの重要性を認識し、今からでも計画的かつ自律的に取り組んでもらうのかをデザインするのはとても難易度が高い。
これに対処する方法は、正攻法しかないのだと思う。IBMやAT&T(事例紹介は省略)のように、長期の戦略を示し、その達成に必要な人財を定義し、必要なスキルを明確化し、現有スキルとのギャップを示し、企業として学習機会やコンテンツを用意し、従業員の自律的な学習を促進する。当面は業務に直結していないので、学習のモチベーション維持のために担当者が学習者と伴走する仕組みや取り組みも大切だ。またリスキリングだけ先行するのではなく、事業ポートフォリオ転換も着実に進め、リスキリングにより獲得したスキルの実践の場(配置転換や業務プロセス改革などによる)を提供していくことも重要だ。
おそらく最も重要なのは、企業の長期の戦略を描き示すことだと思う。企業の人財育成は、もともと10年以上先を見据えて人財に投資するものだ。でも企業の戦略がないまま、育成だけ走らせて失敗した事例は数々ある。今後の戦略のブラッシュアップを前提に、「モノからコトへ」などでもよいので、方向性を示して全社共有して進めるのが望ましい進め方だと思う。
しかし今回はゲームチェンジを伴う可能性が高く、長期の戦略を簡単に示せない場合も多いと思う。その場合、人財育成担当者はその能力を総動員して、時には先走る必要があると思う。大きな絵を描いて、戦略部門などと連携し、社内を巻き込んで、経営戦略にまで影響を与えればよい。そんな気概が人財育成担当者に求められる時代が来ているのではないかと思う。
デジタル時代は、あっという間にプレーヤーを変え、ポジションを変える。「経営戦略がないから人財育成の絵が描けない」という理由は、企業ともども自らの立場を危うくするかもしれないと私自身肝に銘じたいと思う。
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