人材育成コラム
リレーコラム
2022/02/21 (第143回)
ジョブ型人事制度について
ITスキル研究フォーラム 理事
日立建機株式会社 人財本部 主席主管
石川 拓夫
まず思い出していただきたいのは、IT業界は2004年に発表されたITスキル標準(ITSS)を経験しているということだ。ITSSは成功裏の経験・実績を定義したキャリアフレームワークと裏付けとなる技能を定義したスキルフレームワークで表現された、産業界に必要なIT人財の基準なのだが、専門領域とレベル別にキャリアが表現されたことは画期的であったと思う。無理を承知で言えば、ITエンジニアの最初のジョブディスクリプション(JD)だったといえるのではなかろうか。IT業界では、このITSSを採用、育成、評価、組織開発、プロジェクト管理など、可能性があるものには広範囲に活用してみた。規定されたキャリアのレベルや粒度が合わない場合には、独自に定義をしてまで活用した。今から思えば、JDを意識して書いたのだと思う。この活用の試行錯誤の効果は、当然企業や個人によってさまざまな評価があると思うが、個人的には、ITエンジニアのキャリア開発における、めざすべき指標になって、モチベーション向上と効果的な教育投資に貢献したといえるのではないかと思う。
ただ、いくつかの点で矛盾が生じていたのだと思う。それは日本的な人事制度との矛盾によるところが大きい。
ジョブ型人事制度は突き詰めれば、「採用・異動も要は公募と考えれば理解しやすい」(2021.5.7 日経 鶴 慶大教授のコラム引用)というのはわかりやすい。だからJDが必要だし、キャリア開発も紐付けやすい。見える化された役割に対して、挑戦する意思があるならば、自律的にアップスキリングやリスキリングもするし、手も挙げる。これは「職務内容が限定されていない採用、人事部主導の中央集権的な異動・転勤・職務遂行能力にリンクした、結果的に年齢・勤続年数に依存する賃金制度」(同コラム引用)である日本的な人事制度とは本質的に異なるものだ。だからこの日本的な人事制度の中で、ITSSを、特に人事制度に活用したケースは、あまりうまくいかない場合が多かったように思う。
ところで、日立グループの情報分野の関連会社は、今世紀初頭にジョブグレード制度(ジョブ型人事制度の一種)を実際に導入したことがある。これは、業界固有の事情が大きく影響していた。技術革新の速度が速く、従業員の顧客への提供価値(市場価値と言える)と年功序列的な評価制度のギャップが顕在化したのがきっかけだが、それだけではなく、市場価値を意識したキャリア開発を行わないと、企業の中で問題化する前に、顧客から退場を宣告されるような世界だったからだ。確かに経営上、人件費の流動費化は大きな課題だったが、従業員が自分らしいキャリア人生を送るためにも、IT業界にはジョブグレード制度が適していると思っている。その後、「One Hitachi」の流れの中の制度統合などの影響で、情報分野の独自性は希薄化し、いったんは事情が変わったが、現在は日立のグローバルプレーヤーをめざす視線からジョブ型人事制度が復活してきているとも見える。この日立の中の情報分野で経験したことが、今の社会で起きているのかもしれない。
また現在の人事制度を考えるにあたって、他に考慮しなければならない課題は、
- 上場企業における人財資本の情報開示
- 日本の労働人口の急激な減少
- 雇用のミスマッチ(需要が増大するIT・デジタル先端分野の人財の決定的不足)
- 世界的な同一労働同一賃金の流れ
- 大離職時代の到来
- 事業継続のためのDXの実現
これらの課題に対処するにあたっては、日本型とか欧米型といった区分ではなく、ジョブ型人事制度を検討せざるを得ないのではないかと思う。IT業界に身を置いた我々は、ほかの産業分野より、一層肌身に感じるのではないかと思う。
違和感があるのは理解できる。毛嫌いせずに整理して考えてみたらどうだろうか。同じ釜の飯を食うことで組織の暗黙知を活用してきた日本式のメンバーシップ型人事制度の良さを生かしたジョブ型人事制度はあり得ないのだろうか? リモートワークなど働き方の変化や、それを支えるデジタル技術の進化もある。答えは持っていないが、いずれいろんなところで議論されることになるだろうから、自分でも考えたいと思う。
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