人材育成コラム
リレーコラム
2023/01/20 (第154回)
カークパトリック
株式会社教育エンジニアリング研究所 代表取締役
一般社団法人IT人材育成協会 理事
木村 利明
名前に記憶はなくても、教育訓練『4段階評価』と聞けば、教育に関係する方なら「あぁ、あのピラミッドの形をした……」ということでなじみ深いかも知れません。
正式名はKirkpatrick’s Training Evaluation Model。1959年にドナルド・カークパトリック(米:経営学者)が発表して以来、教育研修に向けた代表的なアセスメントとして世界中に普及しました。
ご存じかとは思いますが、第一レベル「Reaction(反応)」、第二レベル「Learning(学習)」、第三レベル「Behavior(行動)」、第四レベル「Results(結果)」の四段階です。
D・カークパトリックはASTD(American Society for Training & Development)の会長にも就任しています。それ以来、ASTDは長年に亘って「教育の総本山」とみなされていますね。
そのASTDが2014年にATD(Association for Talent Development)に改称されたのですが、同じ年に『新カークパトリックモデル』も発表になりました。
提唱したのはジェイムズ・カークパトリック。ドナルド氏の息子さんなので、カークパトリックJr.(ジュニア)と呼ばれます。
評価の四段階(1.Reaction 2.Learning 3.Behavior 4.Results)は踏襲していますが、形はピラミッド型から大きく変化しました。具体的な図はThe New World Kirkpatrick Modelで検索してみてください。
半世紀以上経って、新しい評価(アセスメント)の規準として発表された『新カークパトリックモデル』ですから、それなりの意識を持つ人たちは非常に高い関心の目を向けました。
新しいキーワードとして「エンゲージメント(愛着心)」「レリーヴァンス(関連性)」「カスタマー・サティスファクション(顧客満足)」「コンフィデンス(自信)」「コミットメント(参画)」「モニター&アジャスト(観察と適切な対応)」「エンカレッジ(励まし・勇気づけ)」「リーディング・インディケーターズ(先行指標)」などが示されています。
従来と最も変わったのはレベル3「Behavior(行動)」が中心になったことと、そのレベル3とレベル4「Results(結果)」との関係が双方向の矢印になったことです。
学習者が、学習によって「どう行動変容を起こしたか」が最も重要であり、それをきちんと評価しましょう、ということですね。
また、研修内容だけではなく、そこからさらに一歩踏み込んで、研修をどのように実践しているか、それをどう継続させるのか、また、どう業績につなげていくかという点にも評価軸を置いています。レベル3「Behavior」のキーワードの中にOn the Job Learningがあるのは、研修と現場の教育を連携させるべきである、ということを明示していますね。
さて、ここからは問題提起になります。
実は、『新カークパトリックモデル』はそのまま日本語で検索しても、全然ヒットしません。代わりにピラミッド型の「旧カークパトリックモデル」が表示されたりもします。
日本では、ほとんど無視されているということですね。
その理由は明白です。教育研修そのものが旧態依然としているからなのです。「教育とは教えることである」と思い込んでいる人たちにとっては、なぜそんな評価項目があるのかが分かりません、理解不能なのです。Commitment ? MONITOR & ADJUST ? ……何じゃそれ?
従来の教育を続けている限り、せっかくの新しいアセスメント(評価基準)なのに活用できません、活用のしようがないのです。
もっと深刻な問題があります。
そもそも教育研修にアセスメントが必要であると考えている人たちがあまり多くありません。実際、いまだに「研修アンケート」をとっていない研修がかなり存在します。
研修が(「人材育成」ではなく)「福利厚生」の一環となっているからですね。その効果を測ることなど考える必要がなく、いわゆる「やりっ放し」で良いわけです。
もちろん、それなりに時間とコストをかけているわけですから、さすがに「研修効果」は測らなくてはいけない、と考える人たちもいます。
その場合に、冒頭にご紹介したD・カークパトリックの『4段階評価』がよく活用されるわけです。
ですが、活用されるのは、四段階のうち、1レベル(反応)か2レベル(学習)までがほとんどです。3レベル(行動)を測ろうとすれば、一定期間後に「フォロー研修」を実施する必要がありますので、そこまでする企業はめったにありません。
1レベル(反応)は、その研修を「学習者が気に入ったかどうか」ですから、評価というよりは「評判」に近いですね。今どきで言う“いいね!”が多いか少ないかです。気に入られた講師を次も指名……それが、「研修は属人的である」といわれるゆえんです。
2レベル(学習)まで評価している(と標榜する)研修はかなりありますが、その中身を調べるとたいてい「確認テスト」ですね。
ここでの評価対象は3つあります。①Knowledge(知識)、②Skills(技能)そして③Attitudes(姿勢・態度)です。
ペーパーテストで測れるのは、せいぜい「①知識」だけのはずですね。
半世紀も前の「旧カークパトリックモデル」さえ満足に活用できていないのですから、最新の『新カークパトリックモデル』を理解・活用できるわけがありません。
繰り返しますが、現状の日本の教育がそうしたアセスメント(評価法)を活用できるレベルにないのです。
「人材育成の失敗」が真剣に取りざたされている日本、よほど腰を据えて教育のあり方を見直さない限り、このまま「失われた40年」まっしぐら……な気がします。