人材育成コラム

リレーコラム

2024/5/20 (第170回)

リスキリングV字モデル

ITスキル研究フォーラム 理事 「DX意識と行動調査2023」ワーキンググループ主査
NECビジネスインテリジェンス ピープルディベロップメント統括部 シニアディレクター

木本 将徳

■リスキリングV字モデル

 システム開発における「V字モデル」、ITに従事されている諸氏におかれては必ず耳にされたことと思う。システム開発のプロセスを要件定義・基本設計・詳細設計・プログラミングと階層化するとともに、要件定義書・設計書・プログラムに対応するテスト工程を定義し、プロセスと階層を分かりやすく整理したモデルだ。
 このプロセスと階層を整理したV字モデルは、昨今の「デジタルリスキリング」にも当てはめられるというのが筆者の仮説である。本コラムの誌面をお借りして仮説を披見するとともに、もしこの「リスキリングV字モデル」の確立に興味を持たれた方がいらしたら、成功事例(失敗事例)の共有、データ共同利用などをご相談したい。

 まずリスキリング(新たなスキルの習得)をプロセスとして定義したい。
  1. 事業目標設定(事業領域と規模の設定)
  2. ジョブ定義(事業実現に必要なジョブと人数規模の設定)
  3. スキル定義(ジョブ遂行に必要となるスキルの設定)
  4. 学習設計(スキル習得に必要な学習項目・カリキュラムの設計)
  5. 学習実施(リスキリングプログラム実施)
  6. スキル評価(履修後のスキル獲得状況測定)
  7. 要員配置・業績評価(リスキリング実施した対象者の要員配置、業績評価)
  8. 事業評価(ジョブでの業績通じた事業成果の測定、評価)

 事業視点でのリスキリングは(1)~(8)に該当する。事業実現のため(組織としての)新たなスキルの獲得・実践といえる。人材視点でのリスキリングは(3)~(6)、新たなジョブに求められるスキル習得のための学習が中心課題である。
 これを事業・ジョブ・スキル・学習という4階層のV字モデルとして表すこととする。
事業 (1)事業目標設定          →(8)事業評価
ジョブ →(2)ジョブ定義       →(7)要員配置・業績評価
スキル   →(3)スキル定義   →(6)スキル評価
学習      →(4)学習設計 (5)学習実施
 システム開発のV字モデルがシステムの目的・要件からプログラミングへカスケードされ、その個々の機能の積み上げ・結合テストによりシステムの目的が果たされるのと同じ構造であることが確認いただけると思う。

■リスキリング二つの成功要因

 このリスキリングのV字モデルを成立させるために重要なポイントが二つある。
 一つは事業・ジョブ・スキル・学習という階層間のつながりを明確にすること、そしてもう一つは各階層において設計と評価を対にして行うことだ。
 一つ目の階層間のつながりについて、まずは反面教師から列挙しよう。
  • リスキリングという流行り言葉に促されて、事業構想なきままに、あるいは事業に必要なジョブの定義ないままに、スキル習得・学習が目的化
  • ジョブに求められるスキル、スキル習得に必要な学習項目が体系的に整備されていないため、結局従来のスキル習得・学習の強化に留まる
  • 目指す事業規模・時間軸に対して、スキル習得・学習の人数規模・スピード感がアンマッチ

 残念ながら筆者の所属する会社においてもその事例は多々見られる。常に上流工程に立ち返り、機能要件(何のために)非機能要件(どれくらいの規模・時間軸で)を確認しながらリスキリングプロセスを進めることが重要である。

 もう一つの、各階層における設計と評価を対にすべきということも明らかにしたい。こちらも失敗事例を列挙すると、
  • リスキリングプログラムをやりっぱなし、あるいは学習効果測定で留まり、そのスキルを習得した人材のジョブ配置がない
  • リスキリング行った人材をジョブに配置したものの成果が出なかった。それがジョブの定義の問題なのかスキル・学習の問題なのか、はたまたその人材固有の問題なのか、評価していない
  • 目的はあくまで事業目標の達成であるため、必要なジョブをこなせる人材がリスキリングによりそろわなかった場合は、他の手段(採用・外部人材活用)含めて対処するという検証・アプローチに至らない

 システム開発において、要件定義と対比する形でユーザーテスト(受入テスト)を行うように、リスキリングというものをひとまとめにせず、各階層での目標・計画に対する達成評価を行うことが望まれる。
 仮に当初の目標・計画が果たされなかった場合、どの作り込み工程(ジョブ定義、スキル定義、学習設計)でその不具合要因が埋め込まれたのか、それを解き明かし次に生かすことこそ、リスキリング、ひいては事業実現につながる。

■データドリブンなリスキリング

 この一連のリスキリングプロセスの成功確率を高め、事業に必要なジョブ・人材をそろえていくために、データとデジタル技術を活用すべきだ。蓄積・活用すべきデータとして、
  • 事業に必要と定義したジョブへの要員配置数と事業としての達成評価
  • ジョブに必要と定義したスキルの習得状況と、実際のジョブでの発揮度、ジョブとしての達成評価
  • 同一のジョブの中でハイパフォーマーとそれ以外とでのスキル差異(どのスキルがどれくらい異なるか)
  • そのスキルを習得するうえで必要な学習項目と標準時間
  • 学習実績とスキル習得度合いを測定し、学習・スキル習得を促進する外的要因・内的要因
  • リスキリングプロセスにおける対象者のモチベーションと動機づけ要因

 上記の通り、事業・ジョブ・スキル・学習という四つの階層で、それぞれ取得すべきデータと検証観点が異なることがお分かりいただけるであろう。
 このうち、スキルと学習については、研修会社がさまざまなサービスを提供し、その関係性はデータから可視化されつつある。一方で、事業・ジョブに関するデータ、ジョブとスキル・学習の関係性の検証は進んでいない。それらは各事業会社の中に内在されており、オープンデータ化されていない、あるいはそもそも評価データをその目的で収集・活用していないことに起因する。
 このV字モデルをデータから解き明かし、特に②から⑦については必ずしも各社固有のものとせず、共通化・標準化して共同利用できる世界を目指すことで、組織能力開発および個人のスキル開発のスピード・生産性は飛躍的に向上すると思われる。一方で(1)および(8)に該当する事業視点として、どういう事業をなしたいのか、その事業実現に向けてどういうジョブを意図的に設計するのか、その点が各社の差別化部分であり創意工夫する注力点であろう。事業会社および研修会社においてこの課題に挑戦する諸氏と協業・共創し、デジタルに基づく新たな社会価値を切り開きたい。

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