人材育成コラム

リレーコラム

2024/6/20 (第171回)

「イマーシブ」な体験の教育的な価値

ITスキル研究フォーラム 理事
東京法令出版 取締役 デジタル事業本部長

林 裕司

 イマーシブ(immersive)という言葉をよく目にするようになった。日本語では「没入感」などの意味があり、エンターテインメント分野では、「イマーシブ体験」をうたうコンテンツが急速に増加した。従来の「見る」「聞く」だけのコンテンツではなく、新しい映像技術などを用いて消費者をコンテンツに引きずり込む。2023年に東京・大阪・福岡で開催された「イマーシブ・ミュージアム」は、ポール・セザンヌやゴッホなどの絵画の世界を、映像や音響を駆使して体感させるものであった。壁面・床面すべてに投影される映像が名画の世界を再現し、好評を博して20万人もの動員に成功している。2024年3月にオープンした「イマーシブ・フォート東京」では、欧州の街角といったロケーションが用意され、来場者は「当事者」として事件などに巻き込まれていく仕掛けとなっている。

 「イマーシブ」を用いる方策は以前から存在し、けして新しいアイデアではない。メイド喫茶やディズニーランドのシンデレラ城ミステリーツアーもイマーシブ体験といえる。
 昨今は、エンターテインメント分野だけでなく、学校教育の分野においてもVR(バーチャルリアリティー)やAR(拡張現実)の活用が始まっている。眼前に圧倒的なリアルさを展開して児童・生徒の興味・関心を一気に高め、学ぶ意欲を高めるためのツールとして利用されている。教室にいながら世界の都市を見学したり、津波や火災といった災害時の様子をリアルに体験したりする教材が使用されている。

 昨年、関東にある専門学校で行われた、VRを用いた美術(デッサン)の授業を見学した。学生各自がVR装置を装着し、フランスの街並みやルノアール美術館を自由に見学したあと、ミケランジェロ作「ダビデ像」をVRで見ながらデッサンを行うという授業であった。教室は活気づき、学習意欲が高い状態を保ちながら3時間の授業は進んでいった。授業の最後には、学生各自が感想をレポートにまとめ、デッサンとともに提出した。

 後日、このデッサンとレポートを拝見して感じたことは、次の2点であった。

(1)VRを導入することにより興味・関心は高まったが、フランスの街並みの見学については、ただ単に「面白い」で終わってしまい、そこから何かを学ぶということが少なかった。

(2)デッサンについては、ダビデ像を正面からデッサンする学生が少なかった。被写体を背面から、斜め上から描く学生が目立ち、さらには、頭や手などダビデ像の特定の部分にフォーカスしてデッサンする学生も見られた。レポートの「授業の感想」についての記述を見ると、ほとんどがデッサンについての感想であり、フランスの街並みに関するものは皆無であった。


 教育的な価値という側面で考えると、VRで見て感じるという体験だけでなく、デッサンをするという行動が伴うことによって学生の学びを深めているということが分かった。没入感そのものによるメリットというより、どう活用するかでメリットが生まれるものだと考える。

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