人材育成コラム

リレーコラム

2024/7/22 (第172回)

自己効力感

株式会社教育エンジニアリング研究所 代表取締役
一般社団法人IT人材育成協会 理事

木村 利明

 皆さん、「自己効力感」という言葉はご存じでしょうか。英語では「Self-efficacy」、「やればできそうだ! 自分ならきっとできる!」という気持ち、感覚のことです。
 この感覚が持てれば、その人は物事(仕事や学習)に対して積極的に取り組むことができ、自ら成長していきます。
 ですから、人材育成における非常に重要なキーワードなのではないかと思います。

 その裏づけとして、世界経済フォーラムが発表した「Top 10 skills of 2023」を紹介します。これから必要とされるスキルのTOP10ということですね。(※詳しくはこちらのレポートを参照してください)
「仕事の未来レポート2023」 今後5年間で最大4分の1の仕事が変化すると予想 > メディア | 世界経済フォーラム (weforum.org)
 以下がその「トップ10スキル」です。(※日本語は、翻訳されたものが見当たらないので私が勝手に訳しました(笑))
  1. Analytical thinking(分析的思考)
  2. Creative thinking(創造思考)
  3. Resilience, flexibility and agility(回復力(弾力性)、柔軟性と敏捷性)
  4. Motivation and self-awareness(モチベーションと自己認識)
  5. Curiosity and lifelong learning(好奇心、そして生涯学習)
  6. Technological literacy(技術リテラシー)
  7. Dependability and attention to detail(信頼性(自己修復力)と細心さ)
  8. Empathy and active listening(共感と傾聴)
  9. Leadership and social influence(リーダシップ、社会的影響力)
  10. Quality control(品質管理)
 現時点では、「何を教えるべきか」(どんな知識・技術が必要なのか)だけに目を向けていらっしゃる教育担当者の方がほとんどです。今後、(「知識」だけでなく)こうした「スキル」を身につけさせるためにはどうするべきなのか、ということを真剣に考える方々が増えていかない限り、日本の「人材競争力の低迷」はいつまでも続くのではないでしょうか。

 それはさておき、「Top 10 skills of 2023」には「Type of skill」も掲載されています。スキルタイプ…「基になるスキル」という意味合いですね。次の5種類です。
「(1)認知スキル」「(2)自己効力感」「(3)マネジメントスキル」「(4)技術スキル」「(5)協働性」。

 TOP10スキルとの対応は、1-(1)、2-(1)、3-(2)、4-(2)、5-(2)、6-(4)、7-(2)、8-(5)、9-(5)、10-(3)です。
 なんと、必要とされるTOP10スキルのうち、4つのスキルのベースになっているのが「(2)自己効力感:Self-efficacy」なのです。
 人材育成における非常に重要なキーワードであることが、これでお分かりになるのではないかと思います。

「自己効力感」はアルバート・バンデューラ(カナダの心理学者:1925-2021)が1990年代に提唱しました。
 その源泉(力を生み出す基礎)になるものは次の4つです。
  1. 達成体験(最も重要な要因で、自分自身が何かを達成したり成功したりした経験)。
  2. 代理体験(他人が何かを達成したり成功したりすることを観察すること)。
  3. 言語的説得(自分に能力があることを言語的に説明されること、言語的な励まし)。
  4. 生理的情緒的高揚(酒などの薬物やその他の要因について気分が高揚すること)。
 やはり「経験」によって得られる力なので、研修では(「座学」でなく)実践的に学ぶ場を準備する(=「体験学習」をデザインする)必要があります。方法論として「経験学習モデル」や「協調学習」を(「探究学習」や「物語学習」もですが)中心に据える、ということですね。

「達成体験」は、最初「これって無理なんじゃないの!?」と思うような課題を自分で成し遂げることによって得られます。「できたぞ!」「やった!」という成功体験です。
「代理体験」は、自分(自チーム)ができなかったことを他の人(他チーム)が成し遂げるのを観察して得られます(「そうか、もう少し頑張ればあそこまでできるのか!」)。これには、研修の中で「学習成果発表」という機会を作る必要があります。
「言語的説得(励まし)」は、講師による「学習への動機付け」ですね。ファシリテーション(学習支援)です。学習者の「グリット(Grit:やり抜く力)」や「レジリエンス(Resilience:回復力)を向上させます。
「生理的情緒的高揚」:「酒などの薬物」は研修にはまったくそぐわないですね(笑)。ここは「その他の要因」として「学習そのものに夢中なること」を挙げたいと思います。
成長に必要なのは「フロー(Flow:そのことに没頭する)」体験である、とアメリカの心理学者チクセントミハイが提唱しました。「現在の能力よりも一、二段高く、努力なくしてはとても到達できないことをほぼ無意識でやっている状態」を言います。「月並みな体験とはまったく異なるレベルの集中と満足感を生み出す」そして「その時、人は自律的であり、その活動に打ち込んでいる」とします。

 こうした状況(学習の場)を作り上げて初めて「自己効力感」が生まれます。そして、その「自己効力感」をベースにした「スキル」の獲得が望まれる時代なのです。
繰り返しますが、教育側がいつまでも「何を教えるべきか」という段階に止まっているようでは、日本企業の「人材競争力」は落ちていくばかりになります。

 蛇足的に、TOP10の1位「分析的思考」2位「創造思考」のベースになる「認知スキル:Cognitive skills」にも触れます。
「認知スキル」は一言でいえば「自明のことを自明とみる力」のことです。
自分自身の「自明」の上に立てない人(=独自の見解がない人)は、いきおい、他人の「自明」に乗っかるだけになります。
「自明」は「純粋直観(=真智)」の領域です。日本人は「直観民族」なので本来得意なはず。そんなこともテーマとして取り上げたいな、と密かに想っております(笑)。

この記事へのご意見・ご感想や、筆者へのメッセージをお寄せください(こちら ⇒ 送信フォーム