人材育成コラム
リレーコラム
2024/10/21 (第175回)
デジタルガバナンス・コードとデジタル人材育成
ITスキル研究フォーラム DX意識と行動調査 ワーキンググループ 副主査
株式会社ディジタルグロースアカデミア 代表取締役会長
高橋 範光
最初に、2020年に発表されたデジタルガバナンス・コードでは、戦略の一つとして「組織作り・人材に関する方策」が示されている。ただし、企業文化の変革までを視野に入れた経営層の説明責任や外部連携、挑戦を受容する組織作りなど、一人ひとりの人材というよりは「DX推進のための組織を作ることが望ましい」という表現にとどまっている。
次に、2022年に発表されたデジタルガバナンス・コード2.0では、関連する促進施策である「DX認定」における基準として「デジタル人材の育成・確保」が明文化された点が大きな変更点といえる。また、デジタル技術の活用戦略において、組織作り・人材・企業文化に関する方策が示され、「全社員のデジタルリテラシー向上施策」について言及されるとともに、求められるスキルレベルが定義され、スキル向上に向けたアプローチが明確化されている。つまり、戦略的な方向性の明確化、推進体制の整備とともに、全社員のデジタルリテラシー向上が明示されたといえる。
そして、今回発表になったデジタルガバナンス・コード3.0では、全体的な内容が経営層に分かりやすく整理・再構成された。また、新たに経済産業省が定める「デジタルスキル標準」についても言及しており、「デジタルスキル標準」を参照した社員のスキル可視化や、経営者を含めた役員・管理職の意識改革、キャリア形成支援などの重要性が盛り込まれている。これだけであれば3.0における更新範囲は少ないように見えるが、同時に、このデジタル人材の育成・確保こそが、DXを推進していく上での「最大の課題」と記載されており、その課題の解決には経営層を含む意識変革から着手する必要があるとしている点が大きな変更といえるだろう。
この2回の更新をあらためて比較してみる。まず前者の2.0ではデジタル人材の育成・確保や全社員のデジタルリテラシー向上をもってDX認定基準にするという、人材育成に対する前向きな評価姿勢が感じられる変更であった。これに対して後者の3.0では、デジタルスキル標準という明確な方針のもと経営層がトップダウンで意識変革から取り組み、DXはコストではなく将来の価値創造に向けた投資であると経営層が認識する”必要性”が強調されていると感じる。
なぜここまでその必要性が強調されることになったのか。それは、DXによる産業構造の変化が起きているなかで、DXを推進している企業とそうでない企業との差がより一層開きつつあり、技術変化に追いつけない企業の衰退への危機感からくるものではないだろうか。しかし、このような危機感は最近始まったものではなく、以前からいわれ続けてきたことでもある。
では、このような危機感がどこまで企業に伝わっているのだろうか。この変化の波に乗れない企業のなかには、変化に抵抗する企業もあるだろう。一方で、ここにきてまだDXに興味や関心がない企業も相当数あるのではないか。それがデジタルガバナンス・コード3.0で「意識変革」「全社員リテラシー向上」という表現で強調される理由かもしれない。
「いずれ若手への世代交代がくればおのずと組織や意識も変わるだろう」と考える企業も少なからずありそうだ。しかし、デジタル技術の変化は、これまでの技術変化の速度とは比にならないほど激しく、組織の緩やかな変化への期待では到底対応できないということを理解しておきたい。
かつて福沢諭吉は彼の著書である「学問のすすめ」のなかで、「賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとによりてできるものなり」と書き示し、次世代を担う若者に対して学問、すなわちリテラシーを身につけるように説いた。現代において、すでに高等学校・大学におけるデジタル教育はほぼ必修項目として用意されている。しかし、それだけでは今回のDXに対応できない。DXにおいては、ビジネスパーソンが、経営層を含む全社員が、DXに対する意識変革やデジタルリテラシー向上の取り組みを進める必要性があるということだろう。DXといわれる時代において、デジタルリテラシーを、大人の義務教育として学ぶ必要があるのではないか。
次のデジタルガバナンス・コード4.0が公開されるまでに、我々はデジタル人材育成をどこまで進められるだろうか、それは、デジタルガバナンス・コード4.0に関する表現の変化に現れることになるだろう。そこまでに取り組める限りのことを進めたい。そして、次の更新を楽しみに待ちたい。
