人材育成コラム

リレーコラム

2024/11/20 (第176回)

スキル管理の実態

ITスキル研究フォーラム 理事/株式会社日立アカデミー

宮浦 智範

 キャリアデザインのワークショップに参加しました。お恥ずかしながら、これまで転職活動を通じてキャリアデザインを実践してきたものの、体系的に学んだことはありませんでした。eラーニングを通じてキャリアの棚卸しと目標設定の手法を学び、テンプレートを活用して経験を振り返り、具体的な目標を設定するために自己理解と内省を繰り返しました。このプロセスは多くの時間と集中力を必要とし、心が折れそうになることもありますが、そんなときも生成AIの出番です。

 過去にChatGPTの「対話力」に物足りなさを感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、そのような方は新バージョンのo1をぜひお試しください。o1は複雑な問題解決や高度な推論能力を備えており、まるでカウンセラーのようにサポートしてくれます。具体的には、職務経験や保有資格、受講した研修の履歴、情報収集に利用しているサイトや書籍などを入力することで、得たスキルをツリー構造で整理します。そして、変化する環境を予測しながら、エンプロイアビリティ(強み)を明確にする“壁打ち”相手として十分に機能します。

 さて、皆様の企業では、社員のスキル管理をどのように行っていますか。「従業員一人ひとりのスキルを把握し、それに基づいて柔軟にチームを編成し、タスクを割り当てる」という理想は確かに魅力的です。しかし、スキル管理が思うように進まず、過去に苦い経験をされた方も少なくないでしょう。本稿では、育成の仕組みづくりにおける「スキル管理」について、その課題や実際の取り組みを振り返ってみます。

「タスク」か「スキル」か

 当社が育成の仕組みを構築する際には、企業のビジネス戦略や業務ニーズに基 づいて以下のプロセスを進めることが理想です。
  1. 推進するタスクの明確化
  2. 必要なスキルの具体化
  3. 現状の能力の可視化(アセスメント)
  4. 育成施策の立案
 SIを主業とする企業やITエンジニアが対象の場合、実際にはスキルの具体化を省略するケースも多いと思います(厳密には、育成施策の立案時に暗黙的に行います)。

 例えば「プログラミング」というタスクに必要なスキルは多岐にわたります。プログラミング言語の文法を理解し正しく使う能力、効率的なデザインパターンを選択する能力、開発ツールの操作、デバッグ力、コミュニケーション力まで、様々なスキルが求められます。社員はそれぞれ、自身のスキルと照らし合わせ「プログラミング」タスク遂行能力を自己評価し、状況に応じた育成施策を選択します。

 スキル定義を省略することで、管理コストを抑えながら環境の変化や個々のニーズに柔軟に対応する機動性を持たせることが可能です。しかし、「プログラミングができる人は?」というレベルの情報は得られても、例えば「Javaでデータ操作を含むビジネスロジックを書け、さらにCopilotを使いこなせる人は?」という具体的なスキルまでは把握できません。そもそも、タスクを“標準化”できていない未成熟なテーマを扱うことも増えています。そのため、重要なテーマに限定して、タスク定義と合わせて特に必要なスキルを別途定義するケースもあります。

スキル定義の難しさ

 スキル定義には多くの課題が伴います。数百ものドメイン知識やスキルを定義しても、環境の変化に対応できず陳腐化してしまいます。社員の入力負担も大きく、スキルの成熟度を管理するのは困難です。さらに、表形式でリスト化されたスキルは、現場にとって見づらく、育成に活用しづらいという問題もあります。

 Developer Roadmaps(https://roadmap.sh/)をご存じでしょうか。ITエンジニア向けのスキルアップのロードマップで、記事や動画、Scrimbaのコースなど、学習リソースへのリンクも提供されています。現場視点では見やすく評判も良い一方で、情報が細かいため、管理視点からは不評です。そのため、優先度の高い学習項目や必須スキルだけをまとめた「コア・ロードマップ」を別途作成し、各人の進度を要約した集計データをレポートするなどの工夫をしています。

 スキルデータベースは、ExcelやAccessからユーザビリティが改善されたタレントマネジメントシステムに置き換えられているものの、社員の自発的な入力・更新が進まない現状があります。この背景には、スキル定義が現場ニーズと合致しておらず、実務に即していないことが影響しています。そのため、現場と協力してスキルカテゴリを再定義し、実務に沿ったスキルを選定することが求められます。しかし、現場のニーズを吸い上げる仕組みやスキル定義を定期的に見直す運用体制など、現場が積極的に関わる工夫がなければ、これまでと同じ問題が繰り返されるでしょう。

スキル定義への期待

 冒頭で紹介した研修の成果物(研修内容やレポート)が個人内に留まり、組織全体で効果的に活用されていないのは非常にもったいないと感じています。生成AIの発展により、これらの研修成果物や職務経歴、受講歴から個々のスキルを効率的に抽出し、スキルの分類や整理を柔軟かつ多様な形で行うことが可能になりました。また、スキルファーストのタレントマネジメントシステムも登場しており、社員のスキルをグラフ構造で可視化し、プロジェクトの要件に合致する人材を結びつけ、チームやプロジェクトを編成することもできる機能を備えています。

 スキルを持った人が真に活躍できる社会の実現には、良好な人間関係や円滑なコミュニケーションに加え、スキルを基盤とした論理的な組織編成や適切なジョブアサインが欠かせません。人間関係に依存するのではなく、それぞれの専門性と経験が十分に発揮されることで、組織全体がその力を後押しし、一人ひとりが自分の強みを活かせる環境が整うことを期待しています。



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