人材育成コラム

リレーコラム

2024/12/20 (第177回)

AIがもたらす労働市場への影響と人材育成の方向性

ITスキル研究フォーラム 理事 「DX意識と行動調査2023」ワーキンググループ主査
NECビジネスインテリジェンス ピープルディベロップメント統括部 シニアディレクター

木本 将徳

 技術の進歩は、常に社会に新たな可能性をもたらすと同時に、課題を投げかけてきました。生成AI(Generative AI)や自律型AI(Autonomous AI)は、その最たる例といえるでしょう。これらの技術は、単なる便利ツールとしての役割を超え、日本の労働市場に根本的な変革をもたらそうとしています。
 筆者は人事、経理、営業事務などのバックオフィス業務を集約して対応するシェアードサービス事業に従事しており、この環境変化は大いなる危機であり、チャンスであると捉えています。この変化を受け身で迎えるのではなく、積極的にその波に乗り、新しい未来を切り拓いていく必要があると考えます。そのためには「人」と「AI」の在り方をあらためて問い直し、時代に合った人材育成の方法を模索することが不可欠です。本コラムでは、この技術進化が労働市場に与える影響と、それに伴う人材育成の方向性について掘り下げます。


技術の進化が労働市場をどう変えるのか


単純労働の代替から始まるシフトチェンジ
 生成AIの進化によって、カスタマーサポートの自動化や事務作業の効率化が一気に進んでいます。これは働く人々にとって脅威にも映りますが、同時に労働から解放される時間が増えるという機会でもあります。例えば、これまで大量の書類処理に追われていた人が、より創造的な業務に集中できるようになるかもしれません。
 このような変化は「単純作業がなくなる」という短絡的な結論ではなく、仕事の性質そのものが変わるという点を理解することが重要です。AIが得意とするタスクは何か、人間が補完すべき領域はどこか……こうした問いを立てながら、私たちは働き方を再構築していく必要があります。

専門職にも押し寄せるAIの波
 技術進化の影響は、単純作業の自動化にとどまりません。生成AIや自律型AIは、契約書の作成、財務分析、プログラムの開発といった専門性の高い業務にも進出しています。このことは、従来の専門職においても「AIとの共働」が避けられない時代が来ることを意味しています。
 例えば、弁護士が契約書作成の補助にAIを使う、マーケティング担当者が広告コピーをAIで生成する、といった活用例が広がっています。しかし、こうした事例を見る時、重要なのは「AIが人間の仕事を奪う」という悲観論ではなく、「AIを使いこなしてさらに価値を創造する」という視点です。この変化は、AIが担える部分を理解し、その上で人間にしかできない「洞察」や「創造性」を発揮できる人材が、より高い評価を受ける時代の到来を示しています。

自律型AIが生む新たな可能性
 さらに、自律型AIの登場は、私たちの働き方を一段と進化させる可能性を秘めています。自律型AIは、状況を分析し、判断し、実行まで行える能力を持つため、例えば、物流業界での配車管理や医療分野での診断支援といった分野において、人間の関与を最小限に抑えた効率化を実現しています。
 これにより、「指示待ち型の働き方」は過去のものとなり、AIを管理し、活用し、新たな付加価値を提供する役割が求められます。自律型AIがすべてを自動化する時代において、問われるのは「人間らしい視点を持つ働き方」だといえます。


技術進化に伴う人材育成の課題
 技術進化、それによる労働市場環境変化に伴い、人材育成のありようは変わるのではないかでしょうか。従来の専門型人材育成アプローチから、ジェネラリスト型人材育成アプローチへの揺り戻しがあると筆者は捉えています。以下3つの観点で、人材育成課題への取り組みが必要と考えます。

  1. デジタルリテラシーの底上げ
     まず求められるのは、生成AIや自律型AIを正しく理解し、使いこなす基礎的なスキルです。AIがどのように動作し、どのように意思決定を行うかを知ることで、初めてそれを「ツール」として活用することが可能になります。
     ミドル・シニア世代を含めた、全社員の再教育も必要です。弊社においても全社員教育として、DXパスポートの取得に取り組んでいます。デジタル、AIといった新たなテクノロジーへの心理的障壁を取り払いつつ、実践的かつ実利的に、教育と成果創出を組み合わせた施策を展開することが不可欠となります。
  2. 創造性と応用力を養う教育
     次に重要なのは、AIが得意とする分野ではなく、「AIに任せる部分」と「人間が担うべき部分」を見極め、それらを組み合わせて新しい価値を創出する力を育むことです。具体例として、生成AIを使ったマーケティングアイデアの立案や、自律型AIによるデータ分析を活用した経営戦略の策定などが挙げられます。
     ここで求められるのは、「AIを使う能力」ではなく「AIを使って何を成し遂げるか」を考える力です。生成AIがはじき出した分析結果や導かれた課題をうのみにせず、何が確からしいのか、自社・自組織にとって真に取り組むべきことは何かといったクリティカルシンキングも必要です。
  3. AI時代に必要な倫理観
     自律型AIが普及することで、AIがどのような判断を行い、その影響がどこに及ぶのかを人間が自問自答しながら進める必要があります。そのため、技術者だけでなく一般の労働者にも、AI倫理やリスク管理に関する基本的な知識を持つことが求められます。AIを扱う際の透明性や公平性、さらには責任の所在についても理解し、適切に運用できる人材が必要です。


まとめ:AIと共に未来を築く
 生成AIと自律型AIの進化は、一方で従来の仕事をなくし、一方で新たな仕事と価値を生み出す、そんな可能性を秘めています。残念ながら自身・自組織・自社がそれをやらなくても、グローバル化した今日的社会では誰かがそれを使いこなし、一瞬にして世界全体を席巻します。その波に飲まれることを恐れるのでなく、その波を乗りこなし楽しむ側にできる限り多くの人が対応してもらいたいと切に願います。
 重要なのは、「AIにできること」と「人間にしかできないこと」を見極め、その境界線を柔軟に引き直しながら、新たな価値を生み出すことです。この変化の中で、世代や職種を問わず、スキルと人間性を磨く人材育成に社会全体で取り組む姿勢が求められます。
 労働市場の未来は、「AIに仕事を奪われる社会」ではなく、「AIと共に働き、新たな価値を創造する社会」と捉えます。その未来を築くため、技術的変化、労働市場の変革を積極的に受け入れ、次の一歩を踏み出すべき時に来ています。



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