人材育成コラム

リレーコラム

2025/4/21 (第181回)

「Digital or Die」はもう過去の話

ITスキル研究フォーラム DX意識と行動調査 ワーキンググループ 副主査
株式会社ディジタルグロースアカデミア 代表取締役会長

高橋 範光

 DXの言葉とともに、「Digital or Die(デジタル化か、さもなくば滅びるか)」という言葉も以前話題になりました。この言葉のもと、企業や行政機関、教育機関に至るまで、あらゆる場面でデジタル化が叫ばれ、デジタルツールの導入が進みつつあります。
 そして気づけば、この言葉を耳にする機会も減ってきたように感じます。背景には、生成AIの急速な発展と普及が一因としてあるといえるでしょう。ChatGPTに代表される生成AIの登場により、活用することは「先進的」ではなく「当たり前」になりました。もはや「Digital or Die」と構えることもなくなったといえます。デジタルは特別な行為ではなく、自然な日常の一部になりました。これが、今私たちが生きる時代の風景といえます。

新しい技術は、意外にも「苦手な人」こそ先に使う

 歴史的に新しい技術の浸透を見ると、ある領域に「得意な人」ではなく「苦手な人」から使われ始めるという特徴があるといえます。
 例えば、自動車の歴史を見てみましょう。かつてはマニュアル車(MT車)が主流で、ギア操作が運転の大きな壁でした。オートマ車(AT車)が登場すると運転が簡単になり、免許取得者が急増し、MT車は「こだわる人が選ぶ車」へと変わっていきました。
 カーナビも同じです。「地図が苦手な人」や「方向音痴な人」こそ積極的に導入しました。駐車アシスト機能も、「駐車が苦手」「車幅感覚が不安」といった人にとっての救世主となり導入が進みました。
 この流れは、生成AIにも通じます。文章を書くのが苦手な人ほど生成AIを頼りにするでしょうし、絵心がない人ほどAIイラストに助けられます。実際、私は絵心がなく、イラストはまったく描けませんが、生成AIを使えばちょっとしたイラストをいとも簡単に作れるようになり、今では欠かせない存在になっています。
 つまり、苦手なことを「克服」するのではなく「補完」する。新しい技術によって、人間の能力の幅は広がり続けているといえるでしょう。

次にくるのは「Double or Develop」

 デジタルが当たり前となった今、新たな時代の標語が必要です。Digital or Dieになぞらえるなら、これからの時代は「Double or Develop(倍にするか、創出するか)」がキーワードになります。
 この言葉は、これからの働き方やビジネスの方向性を端的に表しています。
・Double(倍増):AIが働いている間に、人間は別の業務に集中する。例えば、資料作成をAIに任せつつ、自分はクライアント対応に集中するといった、1人で2人分以上の成果を上げる働き方を指します。

・Develop(創出):AIの力で、これまでにない新たな価値や事業を生み出す。ここでの「創出」は、単なる拡大や改善ではなく、新しいものをゼロから生み出すという意味合いです。生成AIによるアイデア発想やまったく新しいサービスの開発を通じて、既存の枠を超えるイノベーションを実現します。
 この言葉には、「使うか使わないか」というフェーズは終わり、デジタルをどのように使って具体的に「自分や組織の価値を高めるか」というフェーズへ変化したという意味を込めています。

面倒なこと・苦手なことこそAIに任せよう

 人間は面倒なことや苦手なことに対して、どうしても腰が重くなりがちです。だからこそ、生成AIの価値が際立ちます。情報収集、文章生成、要約、翻訳、画像生成など、こうした作業のなかで自身が億劫な業務をAIに任せれば、自身がやりたい領域に集中することができます。
 さらにAIは、業務支援ツールにとどまりません。使い方次第で「新たな問いを立てる」「アイデアの種を生み出す」など、事業開発や研究開発にも貢献します。もはやAIをただの「ツール」としてではなく、「チームメンバー」や「パートナー」として捉える視点が求められています。

進化のスピードに追いつけるか

 私たちは生成AI以前にもこれまで、技術や道具を使って便利さを手に入れ、結果として多くの「ゆとり」を創出してきました。しかし、技術や道具の進化は加速し続け、今や10年、あるいはそれより短いスパンで大きく変わる時代となりつつあります。つまり、技術や道具の進化スピードは、個人や組織の変化を上回る可能性があります。今問われているのは、その進化をどう受け入れ、追いついていくかです。
 すでに、数%の効率化を重ねる時代は終わりました。これから必要なのは、「2倍にするか、圧倒的な価値を創り出すか」という姿勢と行動です。この変化を拒むのか、受け入れて生かすのか。それが、これからの個人のキャリアや組織の未来を大きく左右することになるでしょう。


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