人材育成コラム
リレーコラム
2025/6/20 (第183回)
スキルベース組織からスキルドリブン経営へ
ITスキル研究フォーラム 理事 「DX意識と行動調査2025」ワーキンググループ副主査
NECビジネスインテリジェンス株式会社 経営企画部門ピープルディベロップメント統括部 シニアディレクター
木本 将徳
■ジョブ型導入の“次の問い”とは何か
近年、日本企業でもジョブ型人材マネジメントの導入が進んでいる。職務内容を明文化し、それに基づいて人材を配置・評価・処遇するこの仕組みは、組織の透明性と柔軟性を高めるものとして広く受け入れられている。しかし、ジョブ定義の運用が本格化するにつれて、多くの企業が同じ問いに直面している。「このジョブに必要なスキルは何か?」「そのスキルを社員が本当に持っているのか?」「異なるジョブ間のスキルをどう比較し、どう育てるのか?」これは、ジョブ型がもたらす構造的な問いである。そして、こうした問いに答える鍵として注目されているのが「スキルベース組織(Skill-based Organization:SBO)」という考え方だ。
■スキルベース組織とは何か?
スキルベース組織とは、社員の保有スキルを起点に人材配置・評価・育成・報酬設計を行う組織のことを指す。つまり、人の所属部門や役職ではなく、“できること”で人を動かす組織である。例えば、新規サービス立ち上げプロジェクトにおいて、「AIアルゴリズム設計」「UI/UX設計」「プロンプト作成」といったスキルが必要になったとする。従来であれば、部門や職位を基準にアサインを検討する。しかし、スキルベース組織ではそのスキルを保有する人を横断的に集め、プロジェクトを構成する。その結果、組織はより俊敏かつ柔軟に課題解決を行えるようになる。
スキルベース組織の本質は、スキルという共通言語を組織の基盤に据えることである。それにより、従来分断されがちだった「業務」「人材」「学習」が一貫性をもって連動し始める。
■先進企業の実践例※ に見る潮流
実際に、スキルベース組織への転換を進める企業は増えている。富士通では、ジョブ型制度と並行して、全社員のスキルをフレームワークに基づいて構造化。社内のプロジェクトアサインやキャリア開発において「誰が何をできるか」という情報を中核に据えている。
日立製作所も、ジョブディスクリプション導入に加えて、デジタルスキルの標準化と育成ロードマップを整備し、スキルとジョブを接続するデータ基盤の構築を進めている。
さらに海外では、UnileverやShellが社内タレントマーケットプレイスを導入。従業員のスキル登録とプロジェクトとのマッチングをAIが支援することで、スキル活用の即応性と透明性を高めている。
※各社ホームページをもとに筆者が独自に編集
■そして「スキルドリブン経営」へ
こうしたスキルベース組織の実践は、人材マネジメントの枠を超え、経営のあり方そのものを変えつつある。そこで提案したいのが、「スキルドリブン経営」という視点である。スキルドリブン経営とは、スキルを単なる人事の管理項目として捉えるのではなく、経営判断・事業戦略・組織設計といった中枢の意思決定にまで広げていこうとする考え方だ。すなわち、スキルを企業の新たな経営資源=“意思決定の駆動力”として扱うアプローチである。
■スキルが駆動する意思決定の例
- 新規事業展開:どのスキル領域に人材が集中しているか、または不足しているかを見て、事業ドメインを選定する
- 人材投資判断:どのスキルの習得が業績に最も寄与するかを分析し、教育投資を集中させる
- 配置と流動性:変化の早い分野では、ジョブではなくスキル単位で柔軟にアサインできる体制を整える
- エンゲージメント向上:社員が自身のスキルを自律的に活かせる環境を整え、キャリアオーナーシップを促進する
■スキルドリブン経営を始めるには?
では、スキルドリブン経営を始めるには何から着手すべきか。以下の4つのステップが現実的である。- スキルの共通定義と粒度の標準化
組織内で通用するスキル分類とレベル感を明文化する。 - スキルの可視化とデータ整備
自己申告+実績+ピア評価などを組み合わせて、信頼性あるスキルデータを整える。 - ジョブとスキルのマッピング
職務ごとに必要スキルとレベルを明示し、人材配置・採用・育成基準に組み込む。 - スキルと学習・業務経験の連動
「何を学べば、どの仕事ができるのか」「どんな経験をすれば、どのスキルが伸びるのか」が見える仕組みを整える。
■まとめ ―― これからの組織を動かすのはスキル
ジョブ型は、組織に構造を与える。スキルベース組織は、その構造を柔軟に運用するためのインフラである。そしてスキルドリブン経営は、スキルを軸に組織全体を戦略的に動かしていく“経営そのものの変革”である。これからの時代、組織の競争力は“何を持っているか”ではなく、“誰がどんなスキルで価値を生み出せるか”にかかっている。スキルベース組織を土台に、スキルドリブン経営へと進化していくこと。それこそが、ジョブ型のその先にある人材マネジメントの未来像である。
