人材育成コラム
リレーコラム
2025/8/20 (第185回)
新しい事業を生み出す人材をどう育てるか?
ITスキル研究フォーラム 理事
NECソリューションイノベータ株式会社 イノベーションラボラトリ ディレクター
栗藤 高信
現在私も、事業創出を担う人材の育成に取り組んでいます。様々な取り組みを検討してきたのですが、その中で見えてきたことをいくつかご紹介できればと思います。
■知識・スキルは「教えられる」
新規事業創出に必要なフレームワークやロジック――例えば、リーンスタートアップ、仮説検証プロセス、ビジネスモデルキャンバス、デザイン思考、システム思考などの手法は、座学や模擬プロジェクトの中で比較的スムーズに習得されます。私自身も、一般的なカリキュラムを用いて、思考の往復や問題の構造化といった考え方を学ぶ機会を提供しています。こうした知識・スキルの習得は、比較的短期間で成果が見えやすく、学びやすい分野だと考えています。
■事業領域の知識は「現場で学ぶ」
どのような事業機会があるのか、その市場や業界の構造をどう読み解くのか――こうした「事業領域に関する知識」については、一般的な知識やデータなどであれば研修やセミナー・書籍などを使えば、教え、学ぶことができます。しかしながら、現場に触れなければ「学べた」とはいえないと考えています。したがって現場のOJTを通じて、また、お客様との接点やPJの中で、実地的に獲得していく仕組みが基本だと考えています。■最も難しいのは「行動を起こすためのマインド」の習得
最も課題を感じているのが、「実際に行動できる」人材をどう増やすか、という点です。新しい事業は頭の中で完結するものではありません。顧客と接し、仮説を立てて行動し、失敗から学び、修正し、また行動する――この繰り返しの中でしか事業は生まれません。また、新たな学びも得られません。しかし現実には前述の知識について学んだ人であっても、この「どんどん行動する」を実行できない人が非常に多いと感じています。
行動できない理由は多岐にわたると思いますが、個人的にはマインドセットの影響が大きいと考えています。簡単に言ってしまえば、フィックストマインドセットからグロースマインドセットへの変更ということになりますが、ここを促すことは容易ではありません。
■日常から切り離された「気づき」の場を作る――越境学習の活用
行動変容につながるマインドセットを促すためには、日常の延長線上にない「非連続な経験」が有効だと考えています。これは近年注目されている「越境学習」にも通じる考え方だと思います。越境学習とは、所属組織の外にある環境(異業種・地域・他者の価値観)との接触を通じて、自己の枠組みに揺さぶりをかけ、内発的な気づきを得るプロセスです。例えば、数日間にわたって都市部を離れ、地域で自ら事業を営む人々――自分の足で立ち、環境の変化に柔軟に適応しながら価値を生み出している人たち――とともに働いたり対話したりする。このような体験は、参加者に様々な気づきを与えてくれるのではないでしょうか。
そしてさらに参加者の内省が進めば、「企業内で与えられたタスクをこなす働き方」と、「不確実な状況で自ら意思決定し続ける起業家的な働き方」との違いを理解できるでしょう。これにより、「自分も行動してよいのだ」「行動すれば世界は変わるかもしれない」というグロースマインドセットの萌芽が生まれやすくなると考えています。
■理論と実践の橋渡しとしてのエフェクチュエーション
知識やスキルを実際の行動につなげるものとして、エフェクチュエーションの考え方も役に立つのではないかと見ています。これは成功したシリアルアントレプレナー(連続起業家)たちがどのように意思決定しているのかについて、共通する考え方を体系的に示した理論です。
エフェクチュエーションの5原則(Five Principles of Effectuation)
1.Bird-in-Hand 原則(手元の鳥の原則)
→ 起業家は、手元にあるリソース(自分の知識、人脈、スキル)からスタートする。
2.Affordable Loss 原則(許容可能損失の原則)
3.Crazy Quilt 原則(キルトの縫い合わせの原則)
→ 初期段階から他者と協力し、共創的に事業を形作っていく。
4.Lemonade 原則(レモネードの原則)
→ 偶発的な事象や失敗を受け入れ、柔軟に活用する(失敗を機会に変える)。
5.Pilot-in-the-Plane 原則(操縦士の原則)
→ 未来は予測するものではなく、自分で創り出すものである、という主体性の重視。
1.Bird-in-Hand 原則(手元の鳥の原則)
→ 起業家は、手元にあるリソース(自分の知識、人脈、スキル)からスタートする。
2.Affordable Loss 原則(許容可能損失の原則)
→ 得られる利益ではなく、「どれだけ失っても構わないか」に基づいて意思決定をする。
3.Crazy Quilt 原則(キルトの縫い合わせの原則)
→ 初期段階から他者と協力し、共創的に事業を形作っていく。
4.Lemonade 原則(レモネードの原則)
→ 偶発的な事象や失敗を受け入れ、柔軟に活用する(失敗を機会に変える)。
5.Pilot-in-the-Plane 原則(操縦士の原則)
→ 未来は予測するものではなく、自分で創り出すものである、という主体性の重視。
詳細については様々な書籍が出ているのでそちらを参照いただきたいのですが、理論を学んだにもかかわらず一歩踏み出せない人々が、これらの原則への理解を深めれば、その踏み出せない一歩を踏み出すための後押しにもなりそうです。
■事業を生み出すために、人を耕す
新規事業を生み出すには、まず人材の土壌を耕さなければならないと考えています。知識やスキルだけではなく、行動するマインドをどう育てるか。そこには短期的な成果が見えづらく、すぐに「投資対効果」が出ない苦しさがあります。しかし、事業創出は「行動することでしか前に進まない」というのが本質だと考えています。私たち新規事業の人材育成担当者は、学びと現場での行動を、行ったり来たりする仕組みを作らなければなりません。これからも現場での試行錯誤を重ねながら、一人ひとりの「行動を起こすマインド」に火を灯していきたいと思います。
