人材育成コラム
リレーコラム
2025/10/20 (第187回)
人材育成の観点から考える生成AIガイドライン
ITスキル研究フォーラム DX意識と行動調査 ワーキンググループ 副主査
株式会社ディジタルグロースアカデミア 代表取締役会長
高橋 範光
企業内でDXの企画や人材育成に携わる方にとっても、この現象は決して他人ごとではないはずです。どれだけ研修教材を整備したとしても半年後には古くなり、進化のスピードに学びが追いつかず、受講者の中には「もう古い内容ではないか」と疑念を抱かせてしまうこともあるでしょう。また、社員に「積極的に使わせたい」と思っても、「禁止事項ばかりでは使えない」という反発や、「禁止されるくらいなら触らない方が安全だ」と萎縮してしまう人も出てくるでしょう。
■「禁止型ガイドライン」が生む逆効果
多くの企業が生成AIの導入には一定踏み切りつつある状況で、各社で作成されている生成AIの利用ガイドラインを見ると、多くは「禁止事項リスト」に偏りがちです。たとえば「個人情報を入力してはならない」「機密情報をそのまま扱ってはならない」といった文言です。もちろん必要なルールではありますが、社員にとっては「できないこと」ばかりが強調されると、安心して活用できるイメージが湧かないのが現実です。教育の現場に例えるなら、「これを間違えてはいけない」とだけ教えるテスト対策と同じでしょう。これでは学習者は失敗を恐れて行動を萎縮してしまい、結果、力を伸ばす機会を逃してしまいます。AI活用も同様で、禁止ばかりのルールは「使わないことこそ安全」という誤解を生み、育成や実務に結びつかなくなります。
■「促進型ガイドライン」の必要性
こうした課題を受け、いま必要とされているのは「利用促進型ガイドライン」です。例えば、LINEヤフー社では、生成AI活用促進に向けて、「生成AI活用の義務化」を宣言しています。単なる利用禁止ではなく、社員が活用する視点でのルールを整備し、どのような場合にどのように使えばいいかを示しています。まさに、上記の課題認識に基づいた動きといえるでしょう。このように、禁止ではなく「どう使うか」「どうすれば成果につながるか」を示すことで、AI活用は初めて全社に浸透します。
■促進型ガイドラインのポイント
では、どのように「促進型ガイドライン」を実効性あるものとして定め、展開すればいいでしょうか。具体的に考えてみましょう。- 推奨利用ケースを提示する
例えば、「議事録の要約に使う」「顧客提案資料のドラフトを作成する」などの利用方法を具体的に描ければ、受講者は不安なく試せます。 - 利用頻度を提示する
例えば、「1日1回は利用する」「毎日のメールのうち1本をAIで作成する」など、継続的に利用可能な頻度をルール化することで、定着化につながります。 - ハルシネーション対策も前向きに記載する
「AIの出力・成果物は確認してから利用する」ということもルール化してしまえば、「間違えるから使えない」という声や誤用の不安は軽減されます。 - 継続的な学習・更新の場を設ける
一度の研修で終わらせるのではなく、短時間でいいので継続的にハンズオン勉強会や社内コミュニティを運営して実施することで、社員の定着度を大きく高めます。
■技術普及の歴史から学ぶ
技術普及の歴史を振り返ると、自動車がオートマ(AT)化したことで「運転が苦手な人」に自動車が普及したように、新技術は得意な人よりも苦手な人から広がる傾向があります。生成AIも同様で、「文章が苦手」「調査が苦手」といった人材が恩恵を受けやすいということを理解し、DX推進や人材育成の企画を考える上で、むしろ「苦手な人材こそ積極的にAIを使えるルールや環境を整える」という視点をもつことが成功の鍵と言えるでしょう。できる人に禁止ルールを並べるだけでは、社員は「使わないことが正しい」と考えてしまいます。技術の進化が速すぎる時代だからこそ、生成AIを「恐れる対象」から「個人の学びと企業の成長のパートナー」へと位置づけ、利用を制限するルールではなく利用を促進する ルールづくりを考え、「どうすれば安心してAIを試せるか」を明示する促進型ガイドラインの展開を考えてみましょう。
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