人材育成コラム

リレーコラム

2025/11/20 (第188回)

生成AIはクルマに乗るようなもの

ITスキル研究フォーラム 理事
NECビジネスインテリジェンス株式会社 経営企画部門ピープルディベロップメント統括部シニアプロフェッショナル

木本 将徳

■生成AIはクルマに乗るようなもの

 生成AIを使うことは、自動車に乗ることによく似ていると思います。目的地まで歩いて行くよりも、クルマに乗ったほうが早くて楽です。AIも同じで、私たちはより速く、より効率的に仕事を進められるようになりました。
 ただし、クルマを運転するには免許が必要です。誰でも自由に乗れるわけではありません。運転技術と交通ルールを身につけ、安全に目的地へたどり着く責任が求められます。
 生成AIも同じです。うまく使うには、新しいスキル……つまり“AI運転免許”が必要になってきています。

■便利さの裏で失われる力

 クルマに乗るようになってから、私たちは少しずつ脚力を失っていきました。
 便利さの代償として、日常の運動量が減り、足腰が弱くなったのです。
 生成AIにも同じことが起きています。AIが情報を集め、文章を整え、資料を作ってくれるようになった結果、私たちの「情報収集力」「論理構成力」「文章表現力」は、確実に衰え始めています。
 それでも「だからクルマに乗らない」とは誰も言いません。AIも同様です。
 もはや生成AIは、仕事の“必需品”になりつつあります。
 重要なのは、「AIを使わない」ことではなく、「AIを使っても、人間としての思考や判断をどう保つか」ということです。

■抗うより、安全に運転する

 AIを使うことで、新たなリスクも生じます。誤情報の流布、著作権や個人情報の取り扱い、さらにはAIへの過剰依存。
 しかし、これらは「AIが危険だから使うな」ではなく、「安全運転をどう教えるか」という教育の問題です。
 クルマ社会に交通ルールがあるように、AI社会にもルールが必要です。
 信号機が赤のときに止まるように、生成AIが出した内容は必ず確認する。
 免許講習で安全運転を学ぶように、AI活用研修でも情報倫理やプロンプトの扱いを学ぶ。
 そして、AIを社会全体で安全に活用するためには、公平で透明な“交通ルール(ガイドライン)”を整備することが欠かせません。
 人材育成においても、「生成AIを禁止する教育」ではなく、「安全に・賢く活用できる教育」へと転換する時期が来ています。

■AI時代の“免許制度”をどう設計するか

 AIはこれからも確実に進化し、やがて汎用AI(AGI)や超人工知能の時代が訪れるでしょう。
 そのとき、私たちはどんな免許を持ち、どんなルールのもとで走るべきか。
 企業に求められるのは、「AIを正しく扱う力」を社員一人ひとりに育てることです。
 それは単なるスキル研修ではなく、仕事・倫理・判断を再設計する“組織的な学び直し”の取り組みです。
 生成AIをクルマにたとえるなら、私たちはようやく免許を取りはじめたばかりです。
 これからの人材育成は、単に走るスピードを競うのではなく、「安全に、持続的に、誰もが運転できる社会」をどう築くか……その設計図を描くことにあるのかもしれません。


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