人材育成コラム

リレーコラム

2026/6/22 (第195回)

MVFという失敗の讃え方

ITスキル研究フォーラム 理事
NECソリューションイノベータ株式会社 イノベーションラボラトリ ディレクター

栗藤 高信

 皆さんの職場では、失敗した人はどのように扱われているでしょうか。

 プロジェクトが計画どおりに進まなかったとき、新しい取り組みを試みて空振りに終わったとき、その後その人はどんな表情で仕事に向かっているでしょうか。責められたり、評価が下がったり、あるいは周囲から腫れ物のように扱われたりした経験を積んだ人は、いつしか「失敗しないこと」を最優先に考えるようになっていくものだと思います。そしてやがて、誰も挑戦しなくなる組織が静かに出来上がっていく……。
 皆さんもそういった場面を、職場で見聞きしたことが一度はあるのではないでしょうか。
 今回は、そうした状況を変えるヒントとなりえる「MVF(Most ValuableFailure)」という考え方をご紹介したいと思います。

■ 日本の組織に根付く「失敗タブー」

 日本の職場において、失敗は長らく「あってはならないもの」として扱われてきたように思います。その背景には、いくつかの文化的な土壌があるのではないでしょうか。
 一つは、減点主義の評価文化です。加点よりも減点が目立ちやすい仕組みの中では、挑戦することへの心理的なコストがどうしても高くなります。「失敗すれば評価が下がるかもしれない」という気持ちは、個人の行動として合理的な判断といえるかもしれません。
 もう一つは、「出る杭は打たれる」という感覚です。集団の調和を重んじる文化の中では、目立つ行動そのものが抑制されやすい面があります。新しいことに挑戦するということは、現状を変えようとすることでもありますから、それが「波風を立てる行為」と受け取られてしまうとき、挑戦へのブレーキはさらに強くかかります。

 こうした環境が続くとどうなるか。失敗は隠されるようになり、問題の発見が遅れます。誰もが「前例のあること」しかしなくなり、新しい価値を生むアイデアが出てきにくくなります。そして何より、人が育たなくなります。人は試行錯誤の中でこそ深く学ぶものですから、失敗が許されない環境では、その学びの機会が根元から断たれてしまうのではないでしょうか。
 これは特定の誰かの問題というよりも、組織の構造と文化が積み重なって生まれているものだと私は感じています。

■ MVFとは何か

 MVFとは「Most Valuable Failure(最も価値ある失敗)」の略で、その名のとおり「最も価値ある失敗」を讃えるという考え方です。
 この発想が広く知られるようになった背景には、米国の起業家教育の名門・バブソン大学などでの取り組みがあります。起業家教育の場では、失敗は避けるべきものではなく、成長や革新のプロセスに欠かせないものとして位置づけられています。新しいことに挑む以上、思いどおりにいかないことは必ず起きる。そこから何を学び、次にどう生かすかが問われるのだ、という思想です。
 重要なのは、MVFが「失敗そのものを讃える」制度ではないという点です。讃えられるのは「新しい価値を目指して誠実に挑戦し、そこから深く学んだプロセス」です。表彰の場では「何が失敗したか」よりも「何を試み、何を学んだか」が問われます。個人の失敗体験を組織全体の学習資産として共有していく、そういった仕組みといえるかと思います。

 企業においても、先進的な組織が「Failure Award」という形でこの考え方を取り入れ始めています。学術的な研究でも、失敗を讃える仕組みが心理的安全性の向上やチャレンジの促進につながることが示されており、「気合の話」ではなく、組織設計の問題として捉えられるようになってきています。

■ 「讃える」ことで何が変わるか

 MVFがもたらす変化は、個人と組織の両方のレベルで考えることができます。
 個人レベルでは、まず「失敗を隠さなくてよい」という安心感が生まれます。問題を早めに報告できるようになり、組織は速く学び、速く修正できるようになります。さらに「挑戦したこと自体が評価される」という経験を積むことで、次の挑戦へ踏み出す意欲も育まれていきます。失敗を恐れながら仕事をする人と、失敗から学びながら仕事をする人では、数年後の姿はずいぶん変わってくるのではないでしょうか。
 組織レベルでは、多様なアイデアが生まれやすくなります。失敗が許容される文化においては、人は「どうせ無理だ」と自分で自分にブレーキをかけにくくなります。挑戦の数が増えれば、成功の数も増えていくものです。

 ただし、一つ大切なことをお伝えしておきたいのですが、MVFは「どんな失敗も讃えましょう」という話ではありません。讃えられるのはあくまで「新しい価値を目指した誠実な挑戦」であって、無謀なリスクや、学ぼうとしない繰り返しの失敗をもてはやすものではないのです。ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が「インテリジェント・フェイラー(賢い失敗)」と表現しているように、意図と学びを伴う失敗にこそ価値があります。結果への責任と、挑戦を大切にする気持ちは、両立できるものだと思います。

■ 明日から試せること

 MVFの考え方は、大がかりな制度改革がなくても、日々の実務の中で少しずつ取り入れることができます。
 たとえば、面談や1on1の場で「最近挑戦したこと」を聞く習慣を作ることから始められます。成果の報告だけでなく、「どんなことを試みたか」「うまくいかなかったときに何を学んだか」を引き出す問いを一つ加えるだけで、会話の質が変わり始めることがあります。
 また、既存の表彰制度に「チャレンジ賞」や「学習賞」を加えてみるというのも一つの方法です。「結果」だけでなく「プロセス」を評価する軸を制度として明示することは、組織が何を大切にしているかというメッセージを社員全員に届けることになります。
 さらに踏み込むのであれば、失敗事例を共有する場――たとえば月に一度の振り返り会や、事例を投稿できる社内の場――を試験的に設けることも考えられます。最初は小さな取り組みであっても、「ここでは失敗を話していい」という体験が積み重なることで、組織の空気は少しずつ変わっていくものだと思います。

 制度より先に、言葉が文化を作る、という面もあります。上司が部下に「よく挑戦したね」と言える組織は、人が育つ組織です。その一言の積み重ねが、MVFの精神を、制度よりもずっと手前から実現してくれているのかもしれません。

■ 終わりに

 人が本当に育つのは、安心して挑戦できる土壌があるときではないでしょうか。失敗を隠す必要がなく、挑戦した事実を誰かに見てもらえると感じられる環境で、人は初めて力を発揮しようとするものだと思います。

 MVFとは、制度の名前である前に、「あなたの失敗には価値がある」という組織からのメッセージそのものです。そのメッセージを受け取った人は、次の挑戦に踏み出せる。その積み重ねが、組織の成長を支えていく。

 失敗を許容し、そこから学ぶことを促す文化は、人材育成を考えるうえで大切な要素の一つではないかと、MVFという考え方に触れながら改めて感じています。皆さんの組織でも、何かしらのヒントになれば幸いです。

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