人材育成コラム

リレーコラム

2026/7/21 (第196回)

キャリア自律

ITスキル研究フォーラム 理事

石川 拓夫

 最近、人財施策の一つに社員のキャリア自律をテーマに掲げる企業が増えている。先日も異業種交流会で数社の話を聞いたが、ほとんどの企業が社員のキャリア自律を重要テーマに掲げていた。これは日本の人事施策の転換を語っていると思う。

 私がキャリア自律施策に取り組んだのは2000年過ぎ。思えば四半世紀前にもなる。当時は「自律的なキャリア形成施策」と呼んでいた。その背景にはIT業界の過酷な環境があった。技術革新が激しく、誰かが与えてくれた仕事をこなすだけでは自分の提供価値が陳腐化してしまう。こんな変化が激しい環境の中で、いかに自分らしい生き方をするかがITエンジニアの課題だった。こんな中、2002年末にITスキル標準が発表され、誤解を恐れずに言えば、ITエンジニアの提供価値が見える化され、これに基づく人財開発のプログラムが体系化され、ITエンジニアのめざす指標となった。
 どの役割のどんなレベルをめざすかは、会社の組織目標とのせめぎあいはあったが、ITエンジニアは自分で決め、自分で研鑽する必要があり、それが大まかにできるようにもなった。必要になったのはITエンジニアのマインドセットだ。自分の提供価値の陳腐化を会社や環境のせいにせず、「自分の人生、自分が主役」と活用できるものは何でも活用するたくましさをもってして、キャリアサバイバルする意識が必要だった。そんな業界事情や時代背景の中で必然的に必要となったのは「自律的なキャリア形成」の考え方であった。
 しかし四半世紀前は、業界が異なるとこれが一般的ではなかった。先般の異業種交流会に参加して、他の業界においても重要なテーマになってきていることを痛感した。それはAIに代表される技術革新とデジタル技術の市民化や、人事制度改革、特にジョブ型人事制度の模索が影響していると思う。

 さて、キャリア自律とは何か改めて文章化すると、「自分の価値観や強みを踏まえて自分のキャリアの目標を設定し、主体的に取り組んでいくこと」だと思う。これは全く当たり前なことだが、日本の企業の中では、当たり前でないことが多いのが実態だと思う。

 キャリアをどうとらえるか? プロティアンキャリア(環境変化に対応して自らのキャリアを主体的戦略的に考えること)の考え方から説明してみよう。
 伝統的なキャリアの考え方では、所有者は組織であり、価値観は昇進・権力であり、成果は地位や給料であり、組織から尊敬されているかが重要であり、組織の中で自分は何をなすべきかを大切にする。一方プロティアンキャリアの考え方では、所有者は個人であり、価値観は自由や自己成長であり、仕事の満足感を大事にし、自分を尊敬できるか・自分は何をしたいかを大切にする。読者の皆さんはどちらの考え方だろうか?
 後者は若者が中心で少数派と思われるかもしれないが、VUCAの時代にいずれ多数派になるのではと思う。後者はまさにキャリア自律した社員のキャリア観を表していると思う。この変化を見越して企業はキャリア自律を重要なテーマと認識してきているのである。このキャリア観を持っている社員をどうマネジメントし、パフォーマンスを最大化するかが大きな課題なのだ。「四の五の言わずに黙って言われたことをやれ!」的なマネジメントでは、とても難しいと思う。

 ではキャリア自律は重要なテーマとして社内に掲げれば、社員はキャリア自律するのだろうか? 否。それにはキャリア自律を推進するための環境を整備する必要がある。その中で特に重要だと思うのは、会社と社員の関係性の見直しだ。

 モチベーション3.0でも描かれたが、組織運営の考え方を「ロイヤルティ」中心から「エンゲージメント」中心へ移行することだ。キャリア自律を求めると、主体的な考えや活動を奨励することになる。組織内で組織(会社)と個人(社員)の関係性がロイヤルティの考え方の基、縦の関係性が強すぎるままだと、個人はこの施策に幻滅するだろう。まず縦の関係を「横の関係」にして、ロイヤルティではなくエンゲージメントする施策に転換するべきである。自律した個人が、企業の理念や取り組みに共感して、「この会社で一緒に働きたい」と思ってもらう施策が必要になる。今までのような上意下達中心の仕事のやり方ではなく、個人の思いを会社の理念や目標達成に束ねるマネジメントが必要になる。このことが理解されれば、今のような上司の一方的な、それも業務目標達成に関する指示が中心な間違った1 on 1ミーティングは自然になくなることだろう。人事制度や評価制度の改定、仕事のやり方などなど多くの見直しが必要だろう。

 また個人もエンゲージメントに値する提供価値を獲得し続けなければならない。そのためにはキャリア自律を実践し、主体的にキャリアをデザインし、提供価値を高めていくために、自律的な学びを積極的に行う必要がある。この自律的な学びが活性化しないのも日本の企業の特色かもしれない。キャリア自律とともに自律的な学びを重要テーマに掲げている企業は多い。でも、自律的な学びが重要なテーマになることこそがキャリア自律が進んでいない証拠ではないかと思う。

 会社は社員に選ばれる必要がある。一方社員は会社に選ばれる人になる必要がある。この考えに基づくWinWinの関係性こそがめざす方向ではないかなと思う。

 最後にキャリア自律施策を社内に提案すると、必ず反対派から挙がる意見として、「社員を目覚めさせるとみんな転職してしまう。わざわざそんな施策をお金をかけてまで行う必要はない」がある。この意見に対しては、キャリア自律がいかに経営に必要なテーマなのかを根気強く説明する必要がある。「キャリア自律を促進すると、社員のやる気や満足感が上がり、生産性が上がり、エンゲージメントが高まり、全体として会社の成果や成長に結びつく」ことを説明する必要がある。またキャリア自律施策を行わない場合どうなるか、若者を中心としたキャリア観の変化や、昨今の人事の諸課題(人財の流動化等)に紐づけて説明することも必要かもしれない。転職エージェントに登録するのが当たり前の時代に「社員を目覚めさせないでいる」ことのほうが難しい。人事・人財開発担当者は、会社と社員の幸せのために、勇気を持って改革に当たってほしいと切に願っている。

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