人材育成コラム

リレーコラム

2026/8/20 (第197回)

「AIに代替されない人」を目指してはいけない
 ―AI前提時代の本当の生き残り戦略―

ITスキル研究フォーラム DX意識と行動調査 ワーキンググループ 副主査
株式会社ディジタルグロースアカデミア 代表取締役会長

高橋 範光

 AIの進化が続く中、「AIに代替されない人になるにはどうすればよいか」という問いを、よく耳にするようになりました。文章作成、情報整理、翻訳、画像生成、データ分析、さらにはプログラミングやシステム開発まで、これまで人が担ってきた仕事の一部をAIが次々とこなすようになっています。このような状況下で、自分の仕事もいつかなくなるのではないかと、不安に感じるのも無理はありません。
 しかし、「AIに代替されない人」を目指すことは、本当に正しいのでしょうか。この問いの裏側には、今の仕事や役割をできるだけ守りたいという思考があるのかもしれません。
 AIの能力はこれからも進化し続けます。現時点では人にしかできないと思われている仕事も、数カ月、あるいは数年後には、きっとAIが支援できるようになるでしょう。動き続ける境界線の内側に逃げ込もうとしても、そこが安全地帯であり続けることは誰も保証してはくれません。

■AIがもたらすのは、仕事の消滅ではなく、役割の変化

 このような不安を感じる背景には、「職種」や「職業」をひとまとまりで捉えることにあるといえます。しかし、従来仕事は、いくつもの作業、判断、調整、責任の組み合わせによって成り立っています。AIが置き換えるのは、多くの場合、仕事全体ではなく、その中に含まれる一部の作業です。

 例えば、会議に参加して、議事録を作成する仕事を考えてみましょう。発言を文字に起こし、要約し、決定事項を一覧にするところまでは、すでにAIが得意とする領域です。一方で、議事録だけでは分からないこともあります。会議中は全員が賛成しているように見えても、会議後の廊下で担当者から「実は、現場では難しいと思っています」と打ち明けられることがあります。もちろん、その一言は正式な議事録には残りません。しかし、仕事を前に進めるうえでは、決定事項以上に重要な情報である場合もあります。AIに記録作業を任せることで、人は会議の空気を捉え、関係者の本音を聞き、次の行動につなげることに、より多くの時間を使えるようになります。

 お客さま向けの提案資料も同じです。文章を整え、図表を作り、体裁をそろえる作業はAIに任せやすくなりました。見栄えのよい資料も短時間で作れます。ただし、会社名とロゴを入れ替えれば他の企業の提案資料として提出できそうな資料では、どれほど美しくても差別化にはなりません。だからこそ、お客さまが口にしていない課題を自分たちで考え、お客さまにとって意思決定しやすい形に整えることが、人が担うべき重要な役割になります。

■専門性の価値は下がるのではなく、使い方が変わる

 生成AIが多くの知識を提示できるようになることで、「専門知識はもう必要ないのではないか」という意見も出てきます。しかし、AIがもっともらしい回答を返せるようになるほど、それを評価する専門性も重要になります。
 例えば、AIが契約書の論点を整理したとしても、その指摘が自社の取引条件に照らして重要なのか、どこまでリスクを許容できるのか、最終的にどの条項を修正すべきかは、人が判断しなければなりません。AIが動くプログラムを書いてくれたとしても、「動いたから正しい」とは限りません。エラーが表示されないことと、業務上正しいことは別問題です。もちろんプログラムのテストの自動化も進んではいますが、テスト条件には業務知識が欠かせません。AIで業務を自動化しようとすればなおさら、条件が正しいか、その結果が正しいかを判断できる専門的な知識と業務理解が不可欠です。
 とはいえ、知識を記憶していればよいわけではありません。専門性を使ってAIを活用し、AIの回答を評価し、現実の状況に合わせて適用する力が求められます。専門性は、AIと競争するための壁ではなく、AIを活用してより良い判断を行うための土台になります。

■効率化の後に何をするかが、分かれ目になる

 生成AIを使えば、これまで1時間かかっていた仕事が20分で終わることもあります。しかし、空いた40分に同じ仕事をもう2件追加されただけなら、AIは余裕を生み出す道具ではなく、仕事を増やす装置でしかありません。それでは、処理量が増えただけで、本質的に仕事の中身は何も変わりません。
 問われるのは、空いた時間に何を詰め込むかではなく、これまで担えなかったどの役割へ踏み出すかです。作業をAIに任せることだけに目を向けていると、「自分の仕事がなくなったらどうなるのか」という不安に駆られます。そうではなく、定型的な作業を手放し、本来担うべき仕事へ移ることを考えるのが重要です。
 実は、今回のコラムのテーマを考える際、私は過去に書いた3本の記事を生成AIに読み込ませ、「次はどのようなテーマがよいか」と相談しました。記事を書く人間が、次に何を書くかまでAIに相談しているわけです。筆者としては便利である一方、少々複雑な気持ちにもなります。
 しかし、仕事を手放すことで生まれた時間を、お客さまの声を聞くこと、業務の改善点を探すこと、新しい企画を考えること、若手を支援すること、部門間の調整を行うことに振り向ける。そこで初めて、AIによる効率化が、自分の価値を高めることにつながります。かくいう私も、改めて数えてみると、現在の肩書きや役割が10を超えており、もはやAIは単なる効率化ツールではなく、複数の役割を担うための前提になっています。生成AIを使う目的は、今の仕事を速く終わらせることだけではありません。これまで時間がなくてできなかった、より価値の高い仕事へ踏み出すことです。

■変わる責任を、個人だけに負わせてはいけない

 もっとも、社員一人ひとりに「役割・仕事を変えなさい」と求めるだけでは、変化は起こりません。従来と同じ手順、同じ権限、同じ評価制度のままでは、AIで時間を生み出しても、新しい仕事に取り組む余地がないからです。
 例えば、AIで資料作成時間を半減させても、管理職が従来と同じ量の資料を同じ形式で求め続ければ、仕事の質は変わりません。効率化で生まれた時間をお客さま対応や改善提案に使っても、それが評価されなければ、社員は元の働き方に戻ってしまいます。
 企業・組織側も、どの仕事をAIに任せ、どこを人が担うのかを見直す必要があります。管理職は、部下がAIを使うことを認めるだけでなく、仕事の目的や期待する成果を示し、試行錯誤できる環境を整えなければなりません。人材育成部門も、操作方法を教えるだけでなく、業務を分解し、人とAIの役割分担を考え、結果を検証する力を育てる必要があります。
 AI前提時代の生き残り戦略は、AIより優れた人になることでも、AIにはできない仕事を探し続けることでもありません。AIに任せられる作業は任せ、その先にある判断、改善、提案、調整を担う。専門性を守るのではなく、AIによって広げる。そして企業は、社員が新しい役割・仕事へ移れるように、仕事と評価の仕組みを変える。生き残るとは、変化に合わせて、自分と組織の役割を更新し続けられることです。そこに、AI前提時代の本当の生き残り戦略があると考えます。

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