人材育成コラム

リレーコラム

2016/01/20 (第70回)

企業内教育で基礎科目を教える時代に

ITスキル研究フォーラム 理事
日立製作所 情報・通信システム社 人事総務本部 人財企画部 チーフマネージャ

石川 拓夫

 大学卒理系の若手の基礎学力が低下しているという話を聞いた。あるメーカーの話だが、数年前から技術的な話に途中からついてこられない若手が目につき出したという。その若者たちは、ひょっとしたら高校の力学も満足に理解していないかもしれない。とすると当然だが、常識的な概念をベースに話をしても、相手は理解していない可能性がある。

 そう思って基礎学力の試験を実施してみたところ、心配が現実のスコアになって表れ、愕然としたそうだ。その状態は「世間の認識よりもひどい状態なのではないか」と表現されていた。学校で学んだことを仕事では使わないので、久々の試験ではミスを犯すこともあるという人もいるが、多くのエンジニアは、無意識で暗黙知の基礎概念をもってして機械などの動きを考えているものでそれは言い訳にはならないと力説されていた。

 原因としては、入試の多様化やゆとり教育の影響などが考えられると思う。入試の多様化は、受験生をもった親として痛切に感じている。入試が一種のゲーム化していて、勝つためにはノウハウが必要となる。広範囲な領域を正直に薄くやってもゲームにはなかなか勝てない。理系の基礎を身につけるという長期的な大義の前に、受験競争に打ち勝つために、何を優先して対処すべきかが問われる。この傾向が強くなると物理や数学の基礎を十分に身に着けずに、進路をすすむ学生も出てくるだろう。実際に今年度のいくつかの大学の入試要項を手にとればお分かりいただけると思う。文系の場合でも、高校で歴史を学ばずに大学で文化や宗教論を専攻するようなものである。基礎力をバランスよく身につけるには厳しい時代かもしれない。

 ゆとり教育の影響は、慎重に語らなければならないが、ゆとり最後の世代の長男の教科書の薄さと宿題の無さには危機感を抱いたことを思い出す。我が家ではそれを補うために、とにかく本に興味を持つように環境を整え(例えばサンタのプレゼントは必ず本とか、映画を観る前に原作を薦めるとか、図書ルームを作るとか)バランスをとるように努めたが、詰め込み世代と呼ばれた我々夫婦にとっ ては、大変な心配ごとだった。様々なものに興味を持たせると同時に、興味をもったものに対しては、どんどん伸ばしていくゆとり教育の特性は、スポーツ界などでは世界的な戦績を上げる日本人プレーヤーを多く生むなど、成果はあったように思うが、一方でもしバランスを欠いた教育であったとすれば、このような問題に結び付いてきている可能性がある。あくまで個人的な推測の域を出ないの で、読者の皆さんなりに考えてみてほしいと思う。ちなみに、このメーカーは有名な企業で、新入社員はそうそうたる学歴の持ち主たちだそうだ。この会社固有の問題ではなさそうである。

 この試験結果から危機感をもったこの企業では、技術系育成のプログラムを根本から見直したそうだ。入社1年目で基礎学力、3年目までに基礎技術力強化をうたい、丁寧で徹底した教育を行った結果、教育改革第一世代は社内から大変優秀と評価されているそうである。入社時点がどうあれ、地力があれば、克服は可能であると理解した。採用チームも少しは救われることだろう。

 このケースから様々なことを考えさせられる。ひとつは企業内教育の範囲の再定義である。学校や専攻分野で、安心してそこでやってきたであろうことを前提として企業内教育を設計することは大変難しく危険な時代になったということである。語弊はあろうが、上記ケースはそれを如実に語っている。対処すべきは企業だと。

 ふたつめは、産学連携の重要性である。悪者探しではなく、どうすれば国力を保持できる筋の通った教育が行えるのか、企業側がデータを提供してでも議論すべきだと思う。

 三つめは、事実の把握と適切な対処の重要性である。既成事実や概念に惑わされず、社会で起きている事象に正面から向かい合い、企業として適切な対処を行うことが、環境変化の激しい今日では常に求められている。

 人財開発の担当者は肝に銘じなければならないことだと思う。


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