人材育成コラム

リレーコラム

2016/05/19 (第74回)

新人研修『「自分―仕事―社会」を一直線化する』に込めた思い

ITスキル研究フォーラム 理事
日立製作所 ICT事業統括本部 人事総務本部 人財企画部 担当部長

石川 拓夫

 『「自分―仕事―社会」を一直線化する』、これが当社の今年度の新人導入教育のコンセプトである。

 「鉄は熱いうちに打て」の言葉の通り、入社直後に新人たちにどのような考え方を付与するのかは、とても大切に考えている。特に社会も市場も会社も行き先の見えない曲がり角に差し掛かっている今、従来通りのプロ意識の動機付け教育やコンプライアンス講義ばかりでは意味が無い。

 こんな思いから、入社した最初の週に思い切って約3日間かけて、「イノベーションワークショップ」を行った。対象は日立のシステム&サービスビジネス部門の新人約300名全員。グループ分けして行うには無理がある規模なのは承知の上で、でもこの時期やらなければと言う思いで工夫して実施した。

 目的は、就活の時に抱いた社会への淡い夢や志をもっと鮮明にし、日立の事業を通じて社会課題解決に取り組む人財を育成することである。そのためには社会に目を向け続け、その夢や志を維持し、周囲を巻き込みながら仕事に取り組んでいく人財になってほしい。そんな強いメッセージを込めていた。そして将来この中から、社会課題基点で事業を考えることが出来るイノベーターが育ってくれればという思いも込めた。

 構成は、幹部講話、外部有識者講話、そしてグループワーキング、発表である。幹部講話では、日立がめざす「社会イノベーション事業で世界に応える日立へ」の方向性と、それを担う人財になるためには、社会に関心を持ち、目線を思い切り上げて、自主的に人脈形成や勉強をしなくてはならないことを伝えてもらった。外部有識者の講話では、イノベーションとは何なのか、社会課題を解決する上で求められるものは何なのかといったイノベーションマインドセットを行ってもらった。

 これを受けて、まず個人のワークで夢や志を再確認させた上で、グループに分かれて社会課題解決のための新たなITサービスを検討し、みんなの前で発表し合い、議論し合った。3日間という限られた時間なので、夢や志からえた着想をITサービスとして形にするので精一杯で、詳細な事業化プランまでは無理だったが、新人の初心の想いから着想されたアイデアやプランは、粗いながらユニークかつ斬新なものだった。期待以上のワクワクした発表内容だったと評価している。

 社会課題には、環境問題、少子高齢化問題、貧困問題、災害対策問題、教育問題など様々があり、新人にはどれも重いテーマである。新人にとっては、研究対象でもない限り、今までは正面から向き合った経験が薄いのが一般的だろう。でも新人なりに夢や志と繋がる関心の高いテーマに絞り込み、知りうる知識や調べうる情報を駆使して、ITサービスを提案していた。発表は新人が評価しあう形にしたが、活発な意見やアイデアが次々と出て、これも予想以上だった。

■「自分基点」ではなく、「社会基点」で考える時代に

 ただ気になる点もあった。why what how をバランスよく考えるように指導してスタートしたが、全体傾向として、知らず知らずにhowから始めたり、howの議論に終始したり、whyがhowに引きずられたりしていた。ワークショップの狙いが、『「自分―仕事―社会」を一直線化する』ことにあり、そのためには、why や whatの大切さを気付かせたいので、つきっきりのファシリテーションが必要だった。

 新人全体の傾向としてあるということは、それまでの教育の特徴かと思う。誤解を恐れず極論すると、「なんのために働くのか」「なにをなすために生まれてきたのか」といったことを突き詰めたことが少ないということだろう。あれだけ採用面接では「世の中の役に立ちたい」「世の中の役に立つ仕事がしたい」と訴えていたにもかかわらずである。新人教育で『「自分―仕事―社会」を一直線化する』意味はここにあるのだと思う。

 夢や志はキャリア開発の原動力であり、その方向性が合致しているならば、社会イノベーション事業を推進するイノベーターへと成長してくれることだろう。厳しい見方かもしれないが、新人たちにきちんと納得してほしいと強く願っている。

 さて社会イノベーターへの道はこれで終わりではない。導入基礎教育が終わると、導入技術教育が始まる。この中でも「10%タイム」と称するプログラムを約1カ月かけて実施する。これは、導入技術教育の10%を活用し、再度社会課題解決のための新たなグループで新たなITサービスを検討させるものである。断続的に継続してワークすることによって、課題意識を強く持たせ、日常の中で自発的な取り組みを促し、考え抜くことを求めている。その結果として、休日に個人やチームで施設見学などに出かけることもある。

 ITスキルの基礎を身につけることは、この時期大切なことである。しかしそれ以上にそのITスキルを何に生かしていくのかを自分の中でしっかり定義付けることも大切である。当たり前のことだが、長年教育分野に携わってきた私でさえ、きちんと向き合ってこなかったかもしれない。社会や事業環境が「自分基点」ではなく、「社会基点」で考える時代になった。これが目を開かせてくれた一番の引き金だろう。

 5月の末に10%タイムの発表を聞く予定だ。入社直後のワークショップで、消化不良や自分たちの未熟さに悔しい思いをした新人たちが、その後の成長を見せてくれると期待している。挫折を一度味わうことも、この一連のプログラムの隠れた狙いでもある。内発的に動機形成し、主体的に社会課題基点で考えてくれる回路が出来てくれれば、これは日立にとっても大きな財産になると考えている。

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