人材育成コラム

リレーコラム

2016/09/21 (第78回)

ITベンダーのイノベーション研修に必要な要件とは

ITスキル研究フォーラム 理事
日立製作所 ICT事業統括本部 人事総務本部 人財企画部 担当部長

石川 拓夫

 イノベーション系の研修が花盛りである。いろいろなところから案内や紹介、一緒にやりませんかと言うお誘いや打診がくる。社内のニーズも高い。内容を見ると、打ち出す言葉に少々の差があっても、なんだか同じに見える。私の未熟さの故か、そもそも研修形式でイノベーションが起こせるような何かが学べるのか?という思いもよぎる。

 イノベーションというと人によって様々な定義を思い浮かべて分かりずらいので、ここでは、新しい価値を創造し社会に提供することとしよう。セミナーで多くのスピーカーは、新しい価値は、データを制すものから生まれると予言する。プラットフォームを制し、データが自然に集積されるようになると、その分析から人々が求める新しい価値が生まれると。

 じゃあデータを持たないベンダーはどうしたもんでしょうかという質問には、うーんと唸ったうえで、顧客との共創でしょうかねと気のない回答が返ってくる。特需のSIで人手不足まで叫ばれる現在、こんな話で危機感を誘っても、ベンダーではあまり響かない。

 イノベーションを顧客と共創するという未来予測が正しければ、どこで突然潮目がやってくるのだろうか? 顧客からの要求をトリガーに既存の業務をより効率的に実行するためのSIの成功体験しか持たないITエンジニアは、存在しない仕組みやビジネスを創造するために、どこかでアンラーニングをしなくてはならない時がくるのだろうか。そもそも「仕様を出してもらわないと動けません!」と言うITエンジニアにアンラーニングそのものができるのだろうか?

 ベンダーにとって顧客との共創は、ベンダーの立場からビジネスパートナーの立場への変化を顧客に認めてもらわなければならない。受発注の縦関係から共創の横のWinWinの関係への変化である。これは大変大きなチャレンジである。そのためには、あらゆる意味で信頼関係が必要だろう。これだけでも大変なのに目ざすのはまだその先がある。顧客は1社だけではなく、我々のアイデアに賛同した顧客数社を巻き込んだスケールが求められるだろう。そのリーダーが務まれば、社会に対して果たす役割が大きくなるとともに、得る利益も大きくなることだろう。

 そのために必要なことは、社会課題解決に向き合ったソリューションであるということだろう。社会課題解決を図るソリューションであれば、オープンでスケールもあり、持続可能である。この視点を養うことこそが、イノベーション系の研修に求められる一番大事なことではないだろうか。

 B to B to C to S(Business to Business to Consumer to Society)のビジネスの流れで説明してみよう。B to B企業であるベンダーは、最初のBの視点から考えることが多いのではないかと思う。その場合は自分基点で考えがちで、活用できる資源に限りがあり、提供できるものも限られてくる。当然大きな共感を呼ばず、賛同者を巻き込んだ大きな取り組みにはならないだろう。N倍化、横展開、と言ってもこの基点からだとそう簡単ではない。ここは真逆のSの視点から、つまり社会課題基点から自分のBを考えるプロセスが必要ではないだろうか。そうすれば、ビジネスパートナーと共創してソリューションを提供することは当然のことと理解できることだろう。

 研修はその視点を養い、有効性を理解する手段にはなりえると思う。CSRの切り口で、この種のワークショップを行った経験があるが、自分のBから考える思考回路は予想以上に堅固である。社会課題基点からビジネスを思考するのは、そう簡単なことではないと思う。

 またイノベーション系の研修では、受講者や送り出す所属組織からは、Howに偏った研修が求められがちだが、すぐ活用できる定石化したHowがあれば苦労はしない。むしろ大事なのはWhy、Whatだと思う。社会課題基点でWhy、Whatを掘り下げ、ここから社会課題解決を図る自分たちらしいITソリューションを考える研修があれば、試してみる価値があるように思う。

 そもそも世の中を変える仕事をしているSEだからこそ、世の中で起こっている問題を理解しなければ、社会課題解決に最適なITソリューションを提案することができない。この取り組みは業績に直結する即効性がなく非難されるとは思うが、これは変わりゆく環境の中で生き残るひとつの道ではないかと思っている。決して空理空論ではなく、青臭い話でもないと思う。

 これからのシステムソリューション系のITエンジニアは、今起こっている変化に対応し、社会に対して新しい価値を創造する人財を目ざすのであれば、確立されたSIでの成功体験を、場合によっては一度捨ててかかり、目ざす人財に求められるコンピテンシーやスキルを新たに獲得しなければならないような気がしている。要求されたことは持てる技術と気力を駆使してやり遂げる・・・。とてもとても大切なことだが、それだけではイノベーションを提供はできない。ITエンジニアは、今後どのようなキャリアを標榜するか、大きな転換期を迎えていると思う。

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