人材育成コラム
リレーコラム
2017/01/23 (第81回)
ITエンジニアの行動特性をどう変えるべきか
ITスキル研究フォーラム 理事
日立製作所 ICT事業統括本部 人事総務本部 人財企画部 担当部長
石川 拓夫
さて1月から何を書こうかと考えたが、変化の年ということで少し警鐘も含めて、時代が求める人財について行動特性やマインドの観点から考察してみたい。
我々ITベンダーは、長年日本の産業をITシステム構築を通じて支えてきた。その形態は請負で、顧客の要望に応じて、必要なITシステムを構築してきた。まさにSoR(Systems of Record:既存の業務をより効率よく実行するためのIT)の時代である。ITの黎明期から長くITは特別なものであり、ITエンジニアも特別な存在であった時代が長かった。
ある時期までは、システム構築ニーズの方が、ITエンジニアの総パワーよりも大きく、顧客の求めるものを提供することだけで精一杯だった。だから「課題は与えられるもので、これに対しては確実に成功するように最善をつくす」特性が強化され、ITベンダーのビジネスや組織文化、HRなどの制度は、SoRに限りなく適合したものとなった。
この潮目が変わったのは、リーマンショックのころからだろう。景気の急速な減退を新事業創出で切り抜けようとする動きが活発化し、これにクラウドやIoTなど技術革新による新たなソリューションの波が重なり、SoRに求められた人財とは異なるSoE(Systems of Engagement:存在しない仕組みやビジネスを創造するIT)に必要な価値創造型の人財が注目され始め、SoRに適合したビジネスのやり方や組織文化、HRなどの制度の見直しが喫緊の課題になってきていると言える。
顧客のビジネスデザインのフェーズに食い込まないと、顧客からの要求を待っていては受注は先細りする……。技術革新による新たなソリューションの出現により、従来のステークホルダーが様変わりし始め、顧客のどこに本当のニーズがあるのか、真剣に考えてアプローチする必要がある……。従来のアプローチ先はコストカットばかりに目が行っているが、果たしてそれがその顧客の本当のニーズなのか? 顧客の中でもITによってイノベーションを画策して、パートナーを切望している人が、どこかにいるのではないか……。
こんな変化を薄々感じていても、今までの成功体験に縛られていると、変わりたくても変われないジレンマに陥ってしまう。これを変えるためには、まずは自分たちを直視し、変わる方向を定めて踏み出すことが必要だ。
個人的には少し時代よりは早いが、今世紀に入る直前から、新事業創出の必要性から、「ビジネスマインド醸成」というコンセプトで様々な取り組みを行ってきた。その一つとして、現状把握のために社内において、アセスメントセンター方式によるITエンジニアの行動特性の見える化を行った。ここから見えたものへの対応は自分のライフワークになっていて、今も組み合っている。
ITエンジニアの行動特性を簡単に評すると、与えられた課題に対しては、着実な取り組みを行う行動特性は十分過ぎるぐらい身についている。インプットすればアウトプットが計算できて、問題解決の実務者としての安心感・信頼感は高い。この特性に他の行動特性もつながっている。まさにSoRに必要な行動特性である。
しかし、課題は自ら形成するものではなく、与えられるものとの認識が無意識にあり、与えられた後は個別課題解決には優れた対応をするが、局所的であり、大局的なテーマ化にならない。仮説検証の発想が驚くほどなく、経営課題を設定しての戦略思考は弱い。将来からものを見る戦略思考も弱く、TO BEが描けない。また、コミュニケーションも個人戦を想定したものであり、リーダーシップが弱いのも同じである。なんでも自分でやりたがり、ひょっとしたら部下の育成の機会すら奪っている可能性がある。なかなか手厳しい結果である。
ビジネスの観点から考察すると、仮説検証の行動特性がないのは致命的である。仮説検証の視点がないから、情報収集力が弱く、手の届く範囲の情報で提供できるものを考える傾向がある。まさにプロダクトアウトであり、顧客基点ではない。また仮説検証により、正解ではなく納得解を求める志向も弱いため、スピード感もない。このような行動特性の実態を踏まえずに、ビジネスマインドの開発を行っても成果はなかなか出ない。OSが違うのに同じアプリケーションを動かそうとしても動かないのと同じ。当時はまずこの実態を自覚するところから始めなければと取り組んだ。
この行動特性の傾向は、日立本体に異動した今も変わらない課題である。一方、ITエンジニアのビジネスマインドの必要性は、非常に高まってきている。デジタルビジネスの加速により、ビジネスをデザインできるITエンジニアの不足はどこも頭の痛い課題だろう。しかし行動特性の現状を把握せずに、組織を作ったり、人を異動させたりの対策を行うことは、個人的には拙速でありまずいと考えている。行動特性を見極めた上で、開発の可能性があるのか、キャリアを構築できる適性があるのかを見極める必要があると考える。少なくとも求められる人財の要件を定義して、示すことは最低限必要だろう。やらせてみれば何とかなるだろうというのは、本件に限って言えば、かなり乱暴なのだと思う。
また、行動特性を調査していて気が付いたことは、個人だけでなく組織文化にも着目すべきだということである。組織開発も併せて行わないと、成果は出ないのではないかと考えている。
その一つの例だが、2000年代半ばに、当時の社員の行動特性を見える化し、課題を抽出した上で、経営が求める次世代人財の要件を定義し、行動特性を中心に置いた採用を行った。一般的にコンピテンシー採用と呼ばれるものである。並行して社員のコンピテンシー開発も行うが、採用(特に新卒)においても、社員に少ないタイプ、すなわちプロセス志向ではなく付加価値志向の人財を意図的に一定割合採用した時期がある。
入社後しばらくして彼らを追跡調査したところ、ある仮説が浮かび上がってきた。従来の社員にない特性を持った新入社員の退職率が高かったのだ。詳細は割愛するが、組織の同一化の力が強く、異なる行動特性をもつ人財を活用しきれず、逆にはじき出したのでないかと推測した。
このことから、組織全体で課題を共有し、仕事そのものをデザインすることや評価基準の改定など、新しく求められる行動特性を生かすように組織を挙げて根本的に取り組む必要性を痛感した。常時モニタリングし、先手の対応を行うきめ細かい人財マネジメントの実施とともに、組織の価値基準の幅を広げる取り組みである。これこそが本来のダイバーシティ推進なのだと思う。そして事業創出を求めるならば、組織自体がチャレンジすることが必要だろう。
最後に、もうひとつ考慮しなくてはならないものがある。社員一人一人の気持ちである。これがおそらく一番難しい。行動特性以上にビジネスマインドを発揮することを阻害する要因である。人から与えられた課題であっても、バックオフィスでモノづくりだけしていたいという気持ちを、顧客基点、もっと言うと顧客課題解決基点でモノづくりを志向するためにフロントに出ることも厭わないとマインドチェンジすることが、最初に求められるべきだろう。あるいは与えられる課題ではなく、自らフロントに出て、課題形成からチャレンジする意欲が求められるだろう。このマインドチェンジがあれば、行動特性は意識的に変えられるのではと思う。
今急速に広がりつつあるデジタルビジネスが、ITエンジニアのキャリア形成に与える影響が、今までの技術革新の与えた影響とは異なることを、早く自覚すべきかもしれない。
この記事へのご意見・ご感想や、筆者へのメッセージをお寄せください(こちら ⇒ 送信フォーム)